欲張りになれ!“欲”が突き動かす力はバカにできない




 

欲張りになれ!“欲”が突き動かす力はバカにできない

 

こんにちは

 

 

 

加藤あやめです。

 

欲張り,欲,

 

 

今、私は『欲』というエネルギーが、私たち人が生きていく中でどれだけ大きな力となっているのかを感じます。

 

 

   『欲』

 

 

と一言にいうと、浮かべるイメージはどのようなものでしょうか。

 

 

 

私は、数年前までそんなこと考えたことがありませんでした。

 

 

けれども、もしもそんな問いかけがあったとして思い浮かべるとしたら、

 

どちらかというと、欲にまみれた“いやしさ”だとか“下品”のようなイメージが先に頭に浮かび、
あまりいいイメージは持っていなかったのですね。

 

 

 

色に例えるならば、薄汚れたぼろ雑巾のような、くもったネズミ色の感じです。

 

 

 

ところが、そこに少し言葉を付け加えて“意欲”といういいかたをするとニュアンスが変わります。

 

 

なんだか、前向きで賢くて褒められる人間をイメージしたりしませんか。

 

 

 

「意欲を持って勉強する」や、「意欲的に仕事に取り組む優等生」のような。

 

まるでお日さまの光がさして明るく輝きに満ちたような色を連想します。

 

 

 

 

もしも生活している毎日の暮らしの中で、特に意識することもない状態で初めから意欲があり、

 

いつも継続的にその意欲を持ち続けられている状態であれば、

 

何事にも動じないでしょうし常に冷静にことを進め問題なく過ごしていけるのかもしれませんね。

 

 

 

 

そして、できることならその意欲の先にあるもの、その目的は、

 

人と比べて誰かよりも点数が高いだとか、あの人よりはいい評価になったという“他人の目、他人の評価”を前提とするものではなく、

 

自分自身にとって、自分が深められたというような感覚が自分に残ればとても素敵だなと思います。

 

 

 

そうすると、きっと自信にもつながるのだと思うのですね。

 

 

 

ただ私たち人間は機械ではありませんから、常に前向きな意欲を持ち続けられるわけでもないですし、

 

時間に余裕がなかったり、人間関係に悩んだりと、体調や感情が左右されて一定を保つことができないことだってあります。

 

 

そうすると、意欲的になれないことだってあると思うのですね。

 

 

 

そんなことを考えることすら嫌になってしまうことだって、ごく自然な感情ではないでしょうか。

 

 

 

 

『欲』にもいろんなものがあります。

 

 

 

食欲、性欲、物欲、、、。

 

 

 

どの欲も人がごく自然な感覚で日常に感じる欲だと思うのですね。

 

 

 

そして、その“欲”があるからその欲を満たすために必要な行動をしています。

 

 

 

例えば、“食欲”=“食べたい”

 

 

 

その欲を満たすためには、食料がなくては満たされません。

 

 

 

ですから、冷蔵庫を開け何か「作ろう」と動くことができます。

 

 

 

もしも、冷蔵庫に食べ物がなければ「買い物に出かける」という行動をすると思います。

 

 

 

買い物に出るためには、外に出なければいけないということですね。

 

 

 

そうすると、「身だしなみを整えたり着替えをする」という行動をします。

 

 

 

そして、そもそも買い物に出るということは買うためのお金が必要になります。

 

 

 

ですから必要な物を手に入れるために使うお金を持っていなければいけません。

 

 

 

そのため収入を得るために多くの人は仕事をしています。

 

 

 

「稼ぐ」という行動をしているのですね。

 

 

 

こうして見てみると、“食欲を満たしたい”という『欲』があるからこその
“している行動”がたくさん散りばめられているのです。

 

 

 

つまり、人が生きていくためには『欲』があるからこそ、その欲を満たすための行動が一連となってできるのだということです。

 

 

 

「何を言っているの? 当たり前のことやん。」

 

と感じるかもしれませんね。

 

 

 

このことは、実は当たり前ではありません。

 

 

 

“食欲”という『欲』

 

つまり、“食べたい”という感覚が当たり前には起こってこない場合もあるのですね。

 

 

 

そうすると、食べることを欲していないため、「作ろう」という行動も起こりません。

 

 

 

買い物に出ようという感覚も起こらなくなってしまいます。

 

 

 

食べ物が手に入らなくても、そこに感心がなくなっていきます。

 

 

 

“食べたい”という『欲』が、自然にわき起こっている時には意識して考えることもないかもしれませんが、

 

 

その『欲』がなければ簡単には「行動」に結びつかなくなってしまうのですね。

 

 

 

“何か食べよう”というごく自然な行動すらも、無理をして頑張らなければできないということです。

 

 

 

そして、こういうことは、食欲だけではないのだと思います。

 

 

 

全ての欲に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。

 

 

 

“食べたい” “交わりたい” “手に入れたい” ・・・

 

 

“○○○たい”という『欲』があるからこそ、動くことができるのだと思うのです。

 

 

 

言いかえると、『欲』という感情が自分を動かす力は生きるためのエネルギーなのだと私は感じます。

 

 

 

“稼ぎたい”

 

“安心したい”

 

“解放されたい”

 

“遊びたい”

 

“眠りたい”

 

    ・ 

 

    ・

 

    ・

 

色んな欲があります。

 

 

 

 

私は、例にあげた“食欲”つまり、“食べたい”という感覚が薄れてしまったため、

 

 

食べることも、作ることも、買いものにでる意欲も自然には出てこなくなってしまったのですね。

 

 

 

食べたい意欲は命に直結します。

 

 

 

生きるエネルギーですね。

 

 

 

その『欲』を自然に感じられるということは、本当はとてもすごいことで当たり前ではなかったのだと知りました。

 

 

 

 

そして、『欲』を持つことは“いやしい”ことでも、“下品”なことでもなく、人間らしく生きる大事な感情なのだということに気づいたのです。

 

 

 

 

そしてどんな欲も自分を突き動かすエネルギーになっているのだと改めて感じます。

 

 

 

だから、『欲』を感じられることはその人を動かす力となると思うのです。

 

 

 

そう考えると、
私たちはもっと欲張りになっていいのではないでしょうか。

 

 

 

その欲が、自分の未来につながっていく今の自分の行動へと力を貸してくれると考えられると思いませんか。

 

 

 

少し考えてみてください。

 

もしも、自分の中に“前向きな意欲”と呼ばれるようなものがなくて、気持ちが塞ぎがちだとしたら心が辛いですね。

 

 

 

でもよく考えてみると、誰かに褒められるための優等生的な意欲が全てではないわけです。

 

 

 

〈食欲があれば、お腹いっぱいにご飯を食べようという意欲が湧き出る〉

 

そういう、普段気にかけていなかったような『欲』を満たすためには大げさに“意欲”を感じることなどなく動いているのですから、

 

 

自分の中にある『欲』に、欲張りに生きる気持ちをちょっぴり意識してみれば動くことができたりするのかもしれません。

 

 

 

自然に湧き出る『欲』があるから人は動くことができ、その先の望みを叶えようとします。

 

 

 

逆に欲が湧かなければ、動くためのエネルギーも湧いてこないわけです。

 

 

 

少し心に問いかけてみれば、『○○○たい』という欲がいくつか浮かんできませんか。

 

 

 

誰かに迷惑をかけたり、悲しませたり傷つけるような欲を持つのはまた話が変わってきてしまいますが、

 

 

自分が志すことのための行動に、どうも今いちエネルギーが足りていないなと感じているのであれば、

 

 

周りの目を気にすることよりも自分の中にある『欲』=少し先にある『○○○たい』を思い浮かべてみませんか。

 

 

 

そうすると、そのための一歩目の足が前に踏み出せるかもしれません。

 

 

 

 

私の場合、この先の生活をどうしていけばいいのだろうかという悩みから、

 

 

“お金の不安を取り除きたい”

 

と思いました。そして、

 

 

 

“自宅で一人でもできる仕事がしたい”

 

と考えるようになり、

 

 

“アフィリエイトをしてみたい”

 

と思うようになったのですね。そして、その先には

 

 

 

“自由に生きたい”

 

という想い=『欲』があったのです。

 

 

 

正直なところ、これから先の生活が全く見通しがなくて、不安だらけだったのですね。

 

 

ですから意欲的と言うよりもむしろ逆に“意欲”は低迷してしまいふさぎ込んでいたのです。

 

 

 

 

ただ、目の前の小さな『欲』を見つけられたら一つずつ消化していくことで、

 

先にある大きな欲に一ミリずつでも近づいていくことができるのかもしれないと考えるようになったのですね。

 

 

 

ですから『欲』を感じることは、人が生きていくためには必要なエネルギーなのだと思えるのです。

 

 

 

“意欲を持って取り組む”という大げさなことをすると、もしも意欲的に動けていない私がいたら、自分を責めてしまいますね。

 

 

 

そこで見方を変えて、自分の中に感じる素直な『欲』を叶えてみようと思えたら、そのために動くハードルが少し下がって進みやすくなるような気がします。

 

 

 

そして、もっと自分の心に『欲』の感情を沸き立たせられれば、もっと動くことができるのだろうなと感じます。

 

 

 

“意欲的”でなくてもいいのだと思うのです。

 

 

自分の素直な“欲”に一つずつ応えていけるような行動ができれば、気が付けば何歩も前に進んでいることだってあるのではないでしょうか。

 

 

 

一度しかない自分の人生なのだから、

 

自分らしく前に進んでいきたいと考えているのであれば、『欲張り』なくらいがちょうどいいのかもしれませんね。

 

 

 

加藤あやめ

 

 

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