「ブログのネタが浮かばない」それなら遊んだ方がマシ?!




 

「ブログのネタが浮かばない」それなら遊んだ方がマシ?!

 

こんにちは

 

 

加藤あやめです。

 

 

ブログを始めた頃は、何から手をつければいいのかと頭がイッパイイッパイで、けれどもその勢いに乗って何とか記事を書いていくことができます。

 

 

 

けれどもしばらくすると、自分の伝えたいことや意気込みがなくなったわけではありませんが、何を書けばいいのだろうかと頭を悩ませ手が止まってしまう時がありますね。

 

 

 

『ブログのネタが浮かばない』という時は、何日経っても浮かんでこなかったりします。

 

 

 

そうすると、妙な焦りが出て更に頭が回らなくなってしまうという悪循環に飲み込まれてしまいますね。

 

 

 

私は、そんな時にこう思いました。

 

 “いい情報を考えて、いい記事を書かなければいけない”

 

 “これがきっと正しいんだわ。”

 

 

と、優等生的なことを書かなくてはいけないような“窮屈なしばり”を、自ら作っている気がしたのです。

 

 

 

もちろん、ブログを見てくれている人に向けて、少しでも質の高い記事を書いて届けるという考えは、私の中では絶対の基本なのですが、

 

 

それは、難しい事を書いたり、知識として情報を出していくという堅いことだけが求められているのではないのだと思ったのです。

 

 

 

私のブログは、働きたくても働くことが困難になった方や、病気で気持ちも身体も辛いと感じている方、
少しでも収入を得ることができ、何とか自分の生き方を模索したいと考えている方が多いと思って書いています。

 

 

 

つまりは、心に寄り添ってもらえた気がしたり、同じような悩みを抱えながらもなかなか人に言えなかったり、悩んでいる気持ちがあり、

 

もしそこに共感してくれていると感じられる記事を届けることができたとしたら、それは有意義な一つの高い質になるのだと気が付きました。

 

 

 

頭のどこかではわかっているつもりでいても、実際にはできていないのかもしれないと自分を客観的に振り返ることは、何かを気づかせてくれます。

 

 

 

ブログのネタが浮かばないとき、あえて難しく考え過ぎずパソコンから離れてみるのもいいものです。

 

 

 

例えば、プラッと電車に乗って、出かけてみても面白いと思いませんか。

 

 

 

いろんな人が乗っていて、ちょっと観察してみたり、聞こえてくる会話からその人の生活や仕事の愚痴なんかが耳にも入ってきます。

 

 

背中を丸めてだるそうに立って、覇気のない表情に疲れ切っているんだなと思わせる、哀愁を漂わせているおじさま、

 

 

 

はたまた何かにとりつかれたかのように指を素早く動かしながら手元の画面に映し出されているゲームと格闘しているお姉さん、

 

 

 

電車の中って、いろんな人のいろんなドラマが垣間見えて、面白いです。

 

 

 

案外、同じ様なことを考えている人が乗り合わせているかもしれませんね。

 

 

 

ちょっとした空想で、頭が柔らかくなれたりします。

 

 

 

 

私は、ブログを始めてから無意識的なのですが、ブログのネタに何か繋がるかもしれないと、出かけていても、人と会っているときも様々なことに敏感になった気がします。

 

 

 

ちょっとした会話や、見えた物から記事に味わいを出してくれそうな一瞬にめぐり逢うことがあるからです。

 

 

 

 

そうすると、普段なんてことないただの移動手段として使う電車も、違ってくるのですね。

 

 

 

 

そして、気の向くままに街中に出てみるのも、海や山に出てみるのもいいと思います。

 

 

 

 

気分と体調に合わせて出かけてみると“私は私のペースでいいんだ。”“かしこまった言葉ばかりじゃなくてもいいんだ。”と、心の風通しができて、

 

素敵なネタに繋がるような気がします。

 

 

 

無理に、役に立つ情報を書こうとするから書けないのですね。

 

 

 

そもそも、自由に私らしく生きることをしているはずなのですから、気分転換をしようと思ったら、いつでもすればいいのです。

 

 

 

そして、リフレッシュして気づいたことなどをこうして記事にすればいいのです。

 

 

 

気負わずに、自分らしい言葉をつづっていくことが、ブログを続けていく秘訣かもしれませんね。

 

 

 

 

だからというわけではありませんが、大阪の街をぶらっとしてきました。

 

 

 

 ↑海遊館のすぐ目の前から出ている遊覧船。大阪湾を少しだけクルージングしてくれます

 

 

 

  ↑曇っていた空に陽射しが見え始めたのでデッキに上がってみました。 潮風が気持ちいいです

 

 

 

  ↑ユニバーサルスタジオの大きなツリーが、船の中からも見えていました

 

 

 

  ↑沈む夕陽に向かって伸びているみちのような波模様がきれいです

 

 

 

  ↑海遊館の大きな水槽の中で、私が一番きれいに見えたのが、この魚です。角の辺りがキラキラと光っていました

 

 

 

  ↑足が長くて、ハサミのない大きな蟹の水槽の近くにあった小さい水槽にいた赤ちゃん。 初めて見ました。色んな生き物がいるのですね

 

 

 

 

たまには、水族館もいいですね。

 

 

大阪という都会の中では、泳いでいるきれいな魚は水族館でしか見ることができませんが、碧い水の空間に癒やされた気がします。

 

 

けれども、きっと果てしなく広く深い海に泳ぐ魚たちを、海に潜って見ることができれば、もっといきいきとした姿に感動するのでしょうね。

 

 

〈※記事 水槽の中の魚は大きくならない?〉も、どうぞ読んでみてくださいね。

 

 

加藤あやめ

 

 

 

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