『保証が欲しい!』安心できる保証があるのはどこ?




 

『保証が欲しい!』安心できる保証があるのはどこ?

 

こんにちは

 

 

加藤あやめです。

 

 

保証,安心,

 

 

『安心できる保証』など、本当はどこにもない!!

 

 

 

それが世の中の現実かもしれません。

 

 

 

そもそも、『保証』って何なのでしょうね。

 

 

 

会社勤めをしている社会人だと、厚生年金や社会保険などの、福利厚生というものがありますが、

 

 

そこへ収めているお金は、会社が半分負担してくてれいますが、もう半分は自分のお給料の中から支払っていますね。

 

 

 

 

つまり、簡単に言うと、歳をとってから受け取れる予定で支払っている年金であったり、

 

 

病気やケガで病院のお世話になったときに、
窓口での支払い金額が、全体の3割(一般的な世帯の場合)で押さえられるようにと、
あらかじめ保険料を払っていることで備えている健康保険などを思い浮かべます。

 

 

 

 

高齢になったり、病気になったり、失業したりなど、

 

困ったことが起きたときに、国や会社の仕組みによる最低限の『保証』がこれにあたります。

 

 

 

 

そう考えると、サラリーマンとして福利厚生が充実している会社に勤めていられれば、“安心感”がありますね。

 

 

 

ですから、できるだけ福利厚生などの社会保障が整っているいい企業に勤めたいと考えますし、

 

 

 

定年になるまで会社のためにと一生懸命働くことができるのだと思うのです。

 

 

 

何かあったときに守ってくれる『保証』があると思えるからこそ、

 

もしも理不尽に感じる人間関係や、いやなできごとがあったとしても“我慢”ができるのですね。

 

 

 

 

それこそ家庭のある人ならば、大切な家族を路頭に迷わせるわけにはいけないと考えると思います。

 

 

 

ですから、その家族への想いや、

 

歯をくいしばって頑張ることで、未来にある生活への“不安”を少しでも和らげることができる『保証がある』だろうという気持ちが、

 

たとえ辛くとも、会社へ働きに行くモチベーションになっているのだと思います。

 

 

 

ずっと働き続けることができるのは、とてもすごいことです。

 

 

けれども、その『保証』は、本当に安心できるものかどうかはわからないと思いませんか。

 

 

 

 

例えば、老後に備えた年金で考えてみてください。

 

 

“今、私たちが支払っている年金”のほとんどは、

 

 

“今、年金を受け取りながら生活している人”の元へと流れています。

 

 

 

ということはです。

 

この仕組みがそのまま続いたとして想像してみてください。

 

 

 

私たちが高齢になり年金を受け取れる歳になったとき、

 

 

私たちの子どもや孫の世代の人達が払ってくれている年金をもらうことになるわけですね。

 

 

 

けれども、日本はどんどん子どもが少なくなっている超高齢社会です。

 

 

 

つまり、支えとなる若くエネルギーに満ちあふれた人が少なくて、

 

 

支えてもらわなければ生きていけない人の方がダントツに多い。

 

 

逆ピラミッド型の人間構成なのですね。

 

 

 

それに、高齢になってから支給される年金の金額もどんどん低くなってきていますが、

 

それに加えて、受け取れる年齢は上がっていく傾向があります。

 

 

(私の場合、先に死んじゃいそうな気がしてきます。)

 

 

 

この状況では、最低限の、食べていくだけで精一杯の金額ですら、保証されるのだろうかと不安しか感じないと思いませんか。

 

 

 

 

仮に、ずっとその会社で働き続けることができたとしてもこうなのですから、

 

 

 

私の様に、元主婦で厚生年金がなく、大きな病気で働きに出られなくなった場合の不安は、

 

 

不安などの生ぬるいものではなく、絶望しか残らないのです。

 

 

 

 

そして、私は考えました。

 

 

 

 

何かに守られていることでの『安心できる保証』など、本当はどこにもないと思っていた方がいいのかもしれないということです。

 

 

 

 

日本の国の制度は、世界でも高い水準で、とても優れていると言われています。

 

 

 

例えば、健康保険の制度は、基本的に国民皆保険として、義務(入らなければいけない)の制度ですが、

 

そのおかげで、誰もが同じ基準の医療に同じ金額で診察を受けることができるのですね。

 

 

 

 

これが、民間の医療保険がベースという国の場合、

 

義務ではないので入るかどうかも自由ですし、どの保険を選ぶかにより病院での窓口で支払う金額も人によって変わってきます。

 

 

 

 

つまり、自分が選び加入した保険会社や種類によって、病気やケガで医療が必要となったときの保証も変わってくるのですね。

 

 

 

もしも保険に入っていなければ、高額な治療費が払えず病院に行けない人や、治療費によって破産してしまうということもよくあるのだそうです。

 

 

 

 

そのことを考えると、日本という国は、全ての人に義務づける制度のおかげで、
誰もがある意味安心して病院に行くことができるのですね。

 

 

 

 

ただ、みんなで支え合う制度ですから、“最低限の保障”です。

 

 

 

最低限の保障では不安がぬぐえませんね。

 

 

 

 

ですから、民間の生命保険会社などが独自に出している、ガン保険や先進医療保険など、

 

色々なサービスが次々にうまれます。

 

 

 

そして、もしもの時の保証として“安心を買う”ということが起こるのですね。

 

 

 

 

何が起こるかわからないからこそ、見えない不安に対して、少しでも安心感を持っていたいと考えるからです。

 

 

 

 

そして、もっと手厚い保証がないかと二重三重と探していたりします。

 

 

 

 

もしかすると安心感を外に求めて続けている限り、きりが無いのかもしれません。

 

 

 

 

国や社会の制度も、勤めている会社も、加入した保険会社も、

 

 

その制度や会社が絶対になくならないという保証はありませんね。

 

 

 

 

政治家の判断でどう変わるかもわかりませんし、会社が無くなってしまうことだってあり得るわけです。

 

 

 

 

だから私は思ったのですね。

 

 

 

“外”に『安心できる保証など無い』つもりでいた方が、早い段階で考え方を切り替えて動けるのではないかと。

 

 

 

 

国の制度にしても、勤めている会社や民間の保険会社が売っている保証サービスにお金を払ったとしても、

 

 

 

結局のところ、相手次第なのですね。

 

 

 

だから、追い求めてもきりが無いということが起こるのではないでしょうか。

 

 

 

 

ここで、少し考えてみてください。

 

“内”を見てみると、自分があります。

 

 

 

私が私を裏切らない限り、私の一番の理解者で味方です。

 

 

 

それならば、自分で『保証』を築いていくことができればいいと思いませんか。

 

 

 

 

自分の手で、保証を築いてみる挑戦

 

 

 

「自分で保証を築くんなんて簡単にいうけれど、無理でしょう…。」

 

 

 

そんな声が聞こえてきそうですね。

 

 

 

私も、そう“無理”と思っていた一人です。

 

 

 

けれども、私にはたかが40数年の人生経験しかありませんが、自分でどうにかできるものがないだろうかという気持ちが

 

時とともに膨らんでいくのです。

 

 

 

何度も言いますが、
国や社会の制度は、
今のところ“最低限度の保証”として、ほんの少しの助けにはなるのかもしれません。

 

 

 

けれども、この先安心して暮らし続けることができるという保証はないのです。

 

 

 

 

例えば、会社の雇用保険に入っていて、何らかの理由で自分から退職したとします。

 

すぐに、次の仕事が決まらなければ、失業保険を受け取ることができますね。

 

 

 

けれども、基本的に、受け取れる期間は半年間だけです。

 

 

その先に保証はないのですね。

 

 

 

 

サラリーマンで、病気やケガで休職しなければいけないようなことが起こったときには、

 

傷病手当金というものを受け取ることができます。

 

 

 

けれども、これも今の時点では最長1年6ヶ月とされています。

 

 

つまり、その期間以内に自分で何とかできるようにしなければ、その先がないということなのです。

 

 

 

 

私は、自分の力で安心できる仕組みを作るより、方法がないのだと思ったのです。

 

 

 

それができるのが、インターネットビジネスだと気づいたのです。

 

 

 

その中でも、自分で自分のための“保証”を築くほどの可能性が広がっているものでなければ、意味がないのですね。

 

 

 

 

自分一人で自分のためにつくる仕組みです。

 

 

 

 

ですから、誰かに指図されたり、腑に落ちない作業をする必要がないので、

 

他人にいらだつことも、人への不満や愚痴も出てきません。

 

 

 

 

その分、自分と向き合うのですね。

 

 

 

 

私の場合、時には自分の弱さに情けなくなったり、投げ出したくなりそうに思う時もあるのです。

 

 

いらだちも、不満も、落ち込みもすべての感情が、私自身に向かって感じるのです。

 

 

 

ある意味、他人がいることによって思い通りにならない湧き出てくるイライラ感情の方が、
その人のせいにすることができますし、誰かに愚痴をこぼすことでそのうっぷんを晴らし気分を変えられるのかもしれません。

 

 

 

 

その点、パソコン一台で、自分一人との“人間関係”ですから、

 

みにくく弱い私が現われたときに、コントロールするのも、しないのも私しだいなのです。

 

 

 

 

けれども、私がふんばれば、ちゃんと私に応えてくれるのですね。

 

 

 

自分のしたことも、しなかったことも、正直に自分に返ってくるのが、また面白いところなのだと思います。

 

 

 

 

 

『保証が欲しい』

 

 

 

もし、今あなたがそう思い悩んでいるのでしたら、

 

“内”にある自分の可能性を信じてみるのもいいのではないでしょうか。

 

 

 

 

安心できる保証を、自分で築くのであれば、できるだけ早い段階で始めることをお勧めします。

 

 

 

加藤あやめ

 

 

 

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