独りで癌治療を受けるということ。孤独との戦い




 

独りで癌治療を受けるということ。孤独との戦い

 

こんにちは

 

 

加藤あやめです。

 

加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

『独り身で生きているとは、どういうことなのか。

 

 

 

 

考えてみたことがありますか。

 

 

そもそも、仕事や友人との時間の方が充実していて、結婚に魅力や興味がわかなかった。

 

 

お付き合いをしている人がいなかったわけではないけれど、結婚を意識するような人との出会いがなかった。

 

 

ずっと側にいたい気持ちを抱えていたのだけれど、相手とのタイミングが合わなくて結婚できなかった。

 

 

気が付けばこの歳で、独りの人生を送っている状況…。

 

 

 

または、私の様に一度は結婚して家庭を持ったことがありながらも、

 

今は独りでの生活を送っているという人もたくさんいますね。

 

 

 

 

アラフォー世代の独身者が、独り身でいる今の状況は、多様な理由がありますね。

 

 

 

様々な事柄が複雑に重なり絡み合って、40数年分の自分の足跡が今の自分なのですから、

 

一人一人の思いや理由があるわけで、誰一人として同じ足跡はありませんし、そこに善いも悪いもありません。

 

 

 

単純に一まとめにすることはできませんが、唯一共通していること。

 

それは、“独身”ということだけなのですね。

 

 

 

その中でも、例えば結婚を意識して付き合っている恋人がいたり、

 

事実婚としてパートナーがいるとなれば、また違ってきますが、

 

 

 

望む望まないにかかわらず、“お一人様”として過ごしている独り身にとっては、

 

 

大きな病気や失業は、死ぬことよりも怖いと実感しています。

 

 

 

まだ若かったり、パートナーがいる場合の不安や怖さとはまた違った恐怖なのだと思います。

 

 

 

 

私の場合は、子宮癌ですね。
 (※詳しくはプロフィール記事をご覧くださいませ)

 

 

 

私の経験と感じた気持ちからの表現しかできません。
偏りがあるかもしれませんが、“独身”で“40代女性”の“女性特有の癌”になって感じた素直な気持ちでの言葉になります。

 

 

 

言いかえると、もしかすると家庭のある方や男性、またまだ若い方、あるいはもっと歳を重ねた方には共感できない不快な部分もあるかもしれません。

 

 

 

その時は、どうぞそっとページを閉じてください。

 

 

 

ただ、こういう経験をしたことで、初めてわかった自分の心の一面や、感じることを書いていますので、

 

読み進めていただく中で、何かを感じ取ってもらうことができれば幸いです。

 

 

 

 

では、続けますね。

 

 

 

もしも、若い時に子宮癌になったとしたら…

 

 

加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

まだ若くて、これから素敵な人との出会いに夢を抱き、恋愛や結婚に憧れを持って過ごしている。

 

または、やりたいことがたくさんあって、これから挑戦していこうと思っている…。

 

 

 

人それぞれ、心の中にひっそりとであったとしても抱いている夢や思いがありますね。

 

実現することかどうかや、思いの大きさなどは違いますが、

 

生きていれば少し先に何かいいことがあることを期待していたいと思うものではないでしょうか。

 

 

 

少なくとも、嫌なことが起こることを前提として明日を迎えようとは思わないですね。

 

 

その矢先に、子宮癌になってしまったとしたら。

 

 

 

・子どもが産めなくなってしまうのではないだろうか。

 

・もう、恋愛や結婚は諦めないといけないのかな。

 

・いつまで生きられるのだろうか。

 

・この先、私はどうなっていくのだろうか。

 

・治るのかな

 

 

 

 

 

 

 

 

まだまだこれからの未来が広がっているはずの年齢で、これからという時期です。

 

 

 

もしも、子宮を取ってしまわなければいけない状況となれば、

 

その苦しみは、誰にも計り知ることなどできないものだと想像します。

 

 

 

私の発症は40歳です。

 

 

若い年齢での発症ではありませんから、その立場としての本当の声を書き出すことは残念ながらできません。

 

 

けれども、同じ女性として言えることは、
女性としてのやり切れない思いは底なし沼に沈んでいくように、果てしなく深いということです。

 

 

 

考えてみてください。

 

女性として生まれてきたからこそ与えられた唯一の特権が“子どもを産む”ことができる身体なわけですね。

 

 

 

最近は、出産をしないことを選択して生きている女性も増えている様ですが、

 

それは、“産めない”のではなく、“産まない選択”をしているというものです。

 

 

 

産みたいと思うタイミングが訪れたら、“産もう”という選択に切り替えることができるわけですね。

 

 

 

けれども、もしも、子宮癌で、その機能そのものがなくなったとしたら、どうでしょうか。

 

 

 

子どもを産みたいかどうかの意思に関係なく、一生産むことができないのだという事実が、常に頭の片隅に居座っています。

 

 

 

そうすると、これからの恋愛や結婚にハードルを感じてしまったり、

 

女性としての自信を失ってしまうということが起こり得ることは想像できます。

 

 

 

 

女性特有の、子宮癌や乳癌は、単純に余命期間や治療期間の長さや治療中の副作用の辛さなどとは別に、

 

もっと大きな喪失感と一生ともに生きなければいけない苦しみがあるのだと思います。

 

 

 

それは、年齢には関係なく、女性なら同じように感じるものではないでしょうか。

 

 

 

私の様なアラフォー独身女性の場合も…

 

加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

もしも、まだ一度も子どもを産んだことがなければ、
そして、子どもを産むことを諦めていない女性であればどうでしょうか。

 

 

 

例え子宮癌になっていなかったとしても、産める期間はあまり残されていません。

 

 

 

女性が妊娠し、出産できる期間は、一般的には生理のある約30数年間だけなのです。

 

 

 

健康な人でも、40代に入ると自然妊娠ができにくくなります。

 

 

 

そこに、わずかな望みを持っていたとしたら、その心の落胆を図ることはできません。

 

 

 

 

近年は、世の中の経済的な低迷から、金銭的に子どもを産み育てることにハードルを感じている人が多くなってきているそうです。

 

 

そのためなのか、それとも価値観の変化からなのかはわかりませんが、

 

女性の生活スタイルも変わってきていて、仕事を持っている人が増えてきました。

 

 

 

そして、結婚・出産よりも、自分の生きがいや楽しみの時間を大切にして過ごしている人も多いようです。

 

 

 

また、誰かを好きになったり、お付き合いしたいという感情、“恋愛をする事”そのものから遠ざかってしまう、

 

恋愛離れという現象もあるようで、生き方や価値観は本当に様々なのですね。

 

 

 

けれども一方では、やはり経済的に不安定で、結婚を先延ばしにせざるを得ない人も多いという現実もあります。

 

 

晩婚化ということも起こり、初産の年齢も上がってきていますね。

 

平均出産年齢,加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

 

 

独りでいることを自分の意思で望んで生きてきたとしたら、

 

“子宮がなくなる”“子どもが産めない”ということに対しては、そんなには落ち込まないのかもしれません。

 

 

 

けれども、私は、例えこの先子どもを産むことがなかったとしても、

 

もしかすると、新しくどなたかとのご縁があるかもしれないですし、

 

そうなった時に、この人との子どもが欲しいと思う時があるかもしれないと思ったのです。

 

 

 

また、そんな感情になるような人とのご縁があったときに、

 

初めからその人との子どもを授かる可能性が、全くの“ゼロ”。

 

 

 

微かな夢も望みも持つこともできない現実が突きつけられるのです。

 

 

 

極端に感じるかもしれませんが、私はもう、新たな異性との出会いや結婚はできない覚悟をしなければいけないと感じました。

 

 

 

もし、病気になったときに、旦那さんがいたとしたら、二人でどう乗り越えていこうかというような話を重ね、

 

これからのことを話し合ったり、気持ちの部分での辛さも分かち合い支え合うことができたかもしれませんね。

 

 

 

けれども、私の現実は、旦那さんもいないのでその体験もしていません。

 

 

ですから、何とも言えないところではありますが、
(病気が原因で、ともにストレスが溢れて逆にギクシャクしてしまったり、離れてしまう関係になる場合もあるので…。)

 

 

失うものの多さは、どれだけ増えていくのだろうかという孤独感が、何よりも強かったのです。

 

 

 

 

独り身で癌になり、治療を進めてきた私が感じた一番の辛さは“孤独”だったんだとわかってきました。

 

 

 

治療中には、痛みや副作用の辛さもありましたが、時々顔を出してくれる友人や親との何気ない会話や笑い声にとても救われていました。

 

そして、たくさんエネルギーをもらいました。

 

 

 

一度会いに来てくれた子どもには、逆に不安や悲しみを与えてしまっている自分の姿に、申し訳ない思いと、

 

 

『産ませてくれてありがとう』という想いが溢れたのです。

 

 

 

それなのに、その分、滅多に会うことがなかった子どもが、わざわざ来てくれた嬉しさと愛しさに胸が熱くなるのと同時に、

 

誰もいないベッドの上で過ごしていると、改めて独りなのだという現実の孤独感が、突き刺さるのです。

 

 

 

 

病室のベッドで一人で横になっていると、

 

 

『帰ったら、明日はこれ持ってきて欲しい。』だとか、

 

 

『今日は何したの?寒かったね〜。』

 

などの、何気ない会話がどこからともなく聞こえてくるのです。

 

 

 

食器を片づけるために、病室から廊下に出ると、毎日の様に面会に来る旦那さんが奥さんの食器を運んであげている姿が時々目に留まります。

 

 

 

その都度、羨ましくなりますし、孤独感がどんどん襲ってくるのです。

 

 

 

皮肉にも、子宮癌などの患者さんも、お産を控えている妊婦さんも同じ“婦人科”なので、病棟には幸せそうな声も響いています。

 

 

 

たまに廊下を歩いていて、私とそれほど歳の違いを感じない妊婦さんを見ると、

 

 

抗癌剤で髪が抜け降ち、顔色の悪い自分の状況とのギャップに、

 

 

消えてしまいたくなるほど孤独に押しつぶされそうになるのです。

 

 

 

そして、そんな風に感じてしまう自分がとても醜い気がして嫌気が差し、

 

 

 

治療にも生きることにもどんどん無気力になっていくのを感じるのです。

 

 

 

 

独り身で長期の癌治療を受けることの辛さは、

 

 

死ぬことでもなく、

 

癌の痛みでもなく、

 

髪が抜けることでも、

 

副作用による症状でもなく、

 

 

”私は独りなんだ”という孤独感との戦いなのです。

 

 

 

そこから思うことがあるのです。

 

 

きっと自分の愛する一人がいるだけで、その一番の苦しみが和らぐのだろうということです。

 

 

 

近年、芸能人やタレントさんの闘病記やテレビ番組などがよくありますね。

 

 

 

優しい旦那さんや家族と、みんなで支え合って乗り越えていこうとしている姿には、胸を打たれることもあります。

 

 

 

まだ、成人していない子どもを育てているご家族の場合、子どものことを考えると乗り越えて欲しいと心から思います。

 

 

けれども、芸能人という別世界の人達で、境遇があまりにも違いすぎている私には共感できないことの方が多いのです。

 

 

 

きれい事はなしで、私の本音は、現実的にあまり参考にはならないのです。

 

 

 

むしろ、自分の現実の孤独とこれからの生活への恐怖が更に鮮明に浮き彫りにされ、追い詰められるのです。

 

 

 

加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

 

見方によっては、
独身だから、誰かに対する責任もなく気楽じゃないかという考え方もあるのかもしれません。

 

 

 

けれども、最近思うのです。

 

 

誰かの役に立っていると思えたり、自分を必要としてくれる人がいると感じることがあるからこそ、

 

頑張ってみようと思えたり、前に向いて進もうと思える気持ちのエネルギーが湧いてくるのかもしれないと。

 

 

 

 

そして、それは誰でもいいのではなく、

 

自分にとって大切だと感じられる相手だったり、愛しさを感じる相手でなければ自然には湧いてこないエネルギーなのだということです。

 

 

 

言いかえると、“守りたい”“大切にしたい”と感じられる相手があれば、

 

そういう感情から生まれてくる大切な人への責任感もエネルギーになるのかもしれません。

 

 

 

 

孤独との戦いは、生きようとする気力を吸い取っていく魔物のように私は感じます。

 

 

気楽さもいいのかもしれませんが、大事な人への責任感は孤独さが与えてくる魔物から救い出してくれる、暖かくて本当は握りしめていたい手。だと思うのです。

 

 

 

 

人は、そもそもが生まれてくるときもこの世から消えていくときも一人です。

 

 

けれども、生きている間はどういう関わりであったとしても誰かと繋がりを持ちながら過ごしていますね。

 

 

 

どうせ人ととの繋がりを持ちながら過ごすのであれば、

 

私は大切に感じ合えるような気持ちで過ごせる人と出逢い、繋がっていたいと思うのです。

 

 

あなたはそう思いませんか。

 

そしてできることなら、“生きててよかった”と思える日々を過ごしたいですね。

 

 

 

独りでは乗り越え頑張れるエネルギーには、限界があるような気がします。

 

 

 

けれども心から愛しさを感じ合え、心を寄り添い合える人がいれば、

 

その人の笑顔が自分のエネルギーになるのだと思います。

 

 

同じ様に自分が笑顔でいれば、その相手にとってのエネルギーにもなれるのだろうなと思ったりもします。

 

 

 

これは、どんな事にも当てはまることかもしれません。

 

 

 

独り身での癌の治療は、本当に孤独です。

 

 

加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

そんな経験から、独りでは困難なことでも、心に寄り添ってくれていると思える人が一人いるだけで、生きる力が湧いてくるのだろうなと感じます。

 

 

 

そういう人との出会いや繋がりは、きっと未来を変えるのでしょうね。

 

 

 

孤独は、気力を吸い取ります。

 

私は、今でも家にこもって過ごしがちですが、もっと外の空気を吸いに出かけなければ、素敵なものにも出逢えませんね…。

 

 

 

追記

 

 

 

そしてさらに思うこと。

 

 

見えない不安な気持ちを少しでもやわらげることができる手段の一つは、

 

 

きれい事はぬきにして、お金の問題もついてくることを実感します。

 

 

 

孤独で不安なときこそ、考えすぎるくらい時間があるということなのかもしれません。

 

 

 

だからこそ、新しい生き方へと取り組むことを真面目に考えることもできると思います。

 

 

 

私は、今こそが、そのタイミングなのかもしれないという思いも湧いてきたのですね。

 

 

 

自分の力で、見えない不安から脱出して自由な生き方、働き方を創ってみる。

 

 

 

私にとって、独りでの癌治療、その孤独な時間が、その後押しになりました。

 

 

 

 

自分で選び進んだ道ですから、誰にも迷惑もかけませんし、誰かの評価を気にする必要もなくて、

 

あえて言うのであれば、自分が自分をシビアに評価してくる感覚です。

 

 

 

 

その感覚は、誤魔化しがなく自分に突き刺さってくるので、言いかえると人のせいにはできないのですね。

 

 

自分に真っ直ぐ向いてくるのです。

 

 

 

認めるのも向き合うことも簡単ではないけれども、その感覚は、社会や他人に愚痴の矛先を向けて過ごしている自分でいることよりも心がシンプルで自分らしいような気がします。

 

 

 

『“自由”=自らによる』

 

 

 

そのような、血の通った感覚を感じながら明日を迎えられたら、今生きている意味があったと思えるのかもしれませんね。

 

 

 

加藤あやめ,子宮癌,孤独

 

 

 

加藤あやめ

 

 

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