その髪バッサリいくならちょっと待って!




 

『髪の毛寄付』捨ててしまうなら『ヘアドネーション』

 

こんにちは

 

 

加藤あやめです。

 

 

 

 

 

一年ほど前になるでしょうか。 

 

 

 

家で何となく見ていたテレビでこんな特集をしていました。

 

 

 

40代後半か50代くらいの熟年のご夫婦が長年髪を切らずに過ごしてきて、今日、二人そろって髪を切りに来た…。

 

 

 

うろ覚えですがその様なシーンから目に留まりしばらく見入ったのですが、彼らは自分たちの髪の毛を寄付するために数年延ばし続けてきたそうです。

 

 

 

 

“髪の毛を寄付?”

 

 

 

 

と、私はそこで少し興味が湧いてしばらく見ていたのですね。

 

 

 

 

結論から言うと、小児癌の治療によって髪が抜けてしまった子どもや、無毛症という髪の毛が生えない病気の子どもに、無償でウイッグ(かつら)を作り提供する活動があるそうです。

 

 

 

 

それが『ヘアドネーション』です。

 

 

 

 

その活動を知って夫婦そろって数年間髪を伸ばしてこられ、今日寄付するためにその活動をしている美容室にきたという内容でした。

 

 

 

 

どんな髪の毛でも寄付できるわけではないのですが、私は更に関心が向きました。

 

 

 

 

ちょうどその頃の私は抗がん剤の治療を終えた頃で、タワシのような頭だったのですね。

 

 

 

 

つるつるのスキンヘッドだった頭が治療を終えると再び髪が生えだして、昔のように生えそろうのだろうかと気になりながらも、生えた髪の毛に何とも言えない感慨深いものもあり、今からまた新しい生活のスタートなのだ。

 

 

 

と、色々と複雑な心境で過ごしているときでした。

 

 

 

 

なので、余計に関心が向いたのかもしれませんが、“私も寄付したい”と思ったのですね。

 

 

 

 

まだ、タワシのような髪の毛しかないくせにです。

 

 

 

 

その頃の私は、元のように髪の毛が伸びてくれるかどうかは分からないけれど、もしもちゃんと生えそろってくれて長く伸ばすことができたら、単純に嬉しいなと思っていました。

 

 

 

 

“寄付をすることができる位にもう一度伸びるよ”というような、自分へのエールのような意味も含めた気持ちでしたが、こんな活動があったんだなっと知りました。

 

 

 

 

私たちは普段、髪が伸びたりイメチェンしようかな等を考えたときに、何気なく散髪屋さんや美容室に行きますね。

 

 

 

 

自分のカットやセットが気に入る様になることだけを気にしていて、切った髪の毛の事など何も考えないと思います。

 

 

 

 

それが、生れて初めて髪を切った子どものものならば、記念に取っておくという事もあるでしょうが、私たち大人ではほとんど無いことだと思います。

 

 

 

 

それこそ、切り落とされた髪は店員さんがほうきでかき集めゴミ袋にひとまとめにし、ただの産業廃棄物(ゴミ)としてだされ、ゴミ収集車へと消えくでしょう。

 

 

 

 

切ってしまう人にとっては、要らないゴミとして処分されてしまう髪の毛が、やり方によっては誰かの役に立つ材料になるなんて単純に素敵だなと思いませんか。

 

 

 

 

ましてそれが果てしない未来への可能性を秘めている子ども達のために使ってもらえるというのですから尚更です。

 

 

 

 

少し考えてみてください。

 

この近年大きな災害があちらこちらで続いていて、心の痛む思いをする事がとても多いですね。

 

 

 

 

仕事のない私でも“ちりも積もれば”と募金箱にお金を入れることがあります。

 

 

 

 

 

でも、何年経っても手が付けられているようには見えない所や、沢山集まった募金が本当に支援をして欲しいと現実に困っている人のために使われているのかが見えなくて、どこに消えているのだろうかと疑心を抱く事が全くないとは言い切れない思いも多少ありませんか。

 

 

 

 

それはきっと、何に使われて誰の笑顔につながっているのかが見えないからなのだろうなと思うのですね。

 

 

 

大きな活動も大切だと思います。でも、一個人ができる事には限界もありますね。
小さい力を1つ1つ積み重ねて集まることで大きな力になるわけですから、募金にお金を入れることも決して無駄ではないと思います。

 

 

 

 

でも、この『ヘアドネーション』は、自分の提供した髪の毛が、病気の子ども達のウィッグを作るために使われるのですね。

 

 

 

”何が何のために”が、一目瞭然です。

 

 

 

 

とてもシンプルです。

 

 

 

 

つまり、活動した結果が初めから見えているので取りかかり易い支援ではないでしょうか。

 

 

 

 

生まれつきの病気や、小さな身体で抗がん剤を受けて髪が抜け落ちてしまうのは、単に病気として身体が辛いだけではなくて、心も辛いと思います。

 

 

 

 

ましてや、思春期で多感な時期の子ども達はとても繊細だと思うのですね。

 

 

 

 

ある程度社会に揉まれて図太く生きている大人の私でも平気ではありませんでしたから、その気持ちは少しは分かる気がするのですね。

 

 

 

 

 

私は、治療中で髪の毛がなくなっていたときに、友人がウイッグをプレゼントしてくれました。

 

 

 

 

 

かぶって鏡を見てみると見慣れた顔ではないので、最初は何だか気恥ずかしく、照れくさかったのを思い出します。
けれども、とても気持ちが高揚しました。

 

 

 

 

普段、病室や自宅で過ごす時は帽子やバンダナで頭を隠して過ごしています。でも、外出する機会があるときや、人と会わなければいけない時には一番に頭が気になります。

 

 

 

 

目に見える部分ですから、視線が気になるのですね。

 

 

 

 

人は意外と何とも思っていなものだとは言いますし、きっとそうなんだろうなと頭の半分では思います。
けれども、残りの半分はやはり気になるのですね。 自分が気になるから嫌なのですね。

 

 

 

 

ウイッグ1つで外出する事や人と会う事に抵抗を感じていた気持ちが、少しほぐれたように思いました。

 

 

 

 

そしてもう一つ、その“ウイッグ”というモノのプレゼント以上に、そのウイッグをプレゼントするという行為をしてくれた“気持ち”が何よりも嬉しかったのです。

 

 

 

 

実際は、ウイッグを常にかぶっているわけでは無いですし、治療中ですから外出して人と会う機会も実際そんなにありません。

 

 

 

でも、私は病室の棚に飾り、自宅に戻ってからも目につく所に飾りました。

 

 

 

 

そっと見守ってくれているような温かいものが感じられて、私の中で心の置き所に悩み落ち込むとき、目に入ることで支えの1つに捉えることができたのですね。

 

 

 

 

でも、子ども用のウイッグは簡単には手に入らない事を知り、そして私の髪がまた伸びたら私のもらった気持ちの詰まったメッセージプレゼントのバトンができる気がしました。

 

 

 

 

『ヘアドネーション』はただ髪の毛を寄付するというものだけではなく、繊細な子ども達の心にもほんのりとエッセンスを落とすことができるような気がしませんか。

 

 

 

 

想像すれば分かることですが、切り落とされた後の残骸になってしまった髪は、ウイッグを作るためには使えません。

 

 

 

 

残骸となってしまう前の髪。 

 

 

 

つまり、切る前にきちんと清潔にして、整えて、絡み合わないように束ねられた状態にしたものでなければ使えないそうです。

 

 

 

 

そして、ある程度の長さがなければ、ウイッグを作ることができないということで、長年伸して寄付をしに来られたご夫婦がテレビに映っていたのですね。

 

 

 

 

そこでちょっと調べてみました。

 

 

 

 ・1つのウイッグを作るためには、20〜30人分の髪の毛が必要

 

 ・寄付する髪は 31センチメートル以上の長さのあるもの

 

 ・よく乾かした状態のもの

 

 ・ヘアゴムでしっかり束ねてから切り、包装は簡易にする

 

 ・同じ人の髪の毛を一まとめにし、複数名で寄付する場合は混ざらないようにわける

 

 

など、ざっくりですが書き出してみました。

 

 

 

 

 

そもそも、ヘアドネーションで髪の毛を寄付する目的は病気の子ども達が使う “ウイッグを作る” 事です。

 

 

 

ですから、せっかく送っても使えない状態のものであれば意味がありませんから、寄付をする際は気持ちよく使って頂けるような状態で贈るのがいいですね。

 

 

 

 

私はまだまだ髪の毛が短いので何年かかるかわかりませんが、寄付ができるように伸していこうと思っています。

 

 

 

 

もし、この記事を読んでくれているあなたが長い髪で、そろそろ切ろうかなと思っているのでしたら、『ヘアドネーション』も視野に入れてみてもいいかもしれませんね。

 

 

 

 

ホームページを見つけましたのでここに記しておきます。

 

 

 

詳しくはjapan hair Donation & Charity (ジャーダック・JHDAC)
のホームページをご覧ください。

 

 

 

 

 

追記

 

 

 

私は、寄付や支援はそもそも強制的にしたり、周りがするから自分もしておくのが無難かな、などの意識でするものではないと思います。

 

 

 

自分がしたいからする。

 

 

 

 

そして、それは誰かの笑顔に繋がる“小さな欠片”の1つなのかもしれません。

 

 

 

 

何気なく過ごす日常の中で、ほんのちょっとの細やかな気付きが“小さな欠片”となり、人のためだけではなく、自分の人生に彩りを持たせられることもあるのではないでしょうか。

 

 

 

 

大げさな事をしなくても、気持ちを豊かにできるものは案外身近に転がっているのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、毎日仕事の時間に追われるように過ごしていたり、ギスギスした会社の人間関係に心奪われ、身体も心も疲れ果ててす過ごしていると、人の優しさを忘れてしまいがちになります。

 

 

 

 

私は、幸か不幸か病気によって外での仕事がままならない現状が出てきてしまったおかげでアフィリエイトを知ったのですが、仕事や人間関係に追われる日常から離脱しました。

 

 

 

 

最近久しぶりに会った友人から、「顔が穏やかになったね」と言われました。

 

 

 

 

もちろん、身体がしんどかったり気持ちが落ちることも普通の事としてあります。

 

 

 

 

けれども、『会社組織に所属して身を粉にして働かなければいけないのにできない。どうすればいいのだろうか。』

 

 

 

と、自分を責めていた頃とは違い、自分の力で心を自由に生きていけばいいのだと思えたことが転機となり、こうして記事を書いています。

 

 

 

 

そんな追われない時間を作っていくことに気持ちが向き、収入の得方を、“時給いくら”“月給いくら”と時間を切り売りする働き方から、

 

 

 

自分らしい“心の自由”のある生活をベースとしていく気持ちにシフトしたことが、友人の目から見ても「穏やかな表情の加藤あやめ」として映ったのだと思います。

 

 

 

 

 

身体を酷使して働き続け、行く末ボロボロになってしまう前に、自分の人生を心豊かに過ごす時間を築きたいですね。

 

 

 

 

私は、その自由を得るためにパソコン1つを買い、サイト作成ツール『SIRIUSシリウス』を杖としてスタートを切りました。

 

 

 

  【まず何よりも肝心なのは、思い切ってやり始めることである】

 

                                    カール・ヒルティ

 

 

 

  PS

 

 

 

 

何年後かに、ヘアドネーションで髪の毛を寄付できたら、また記事にしようと思います。

 

 

 

その頃の私は、きっと自由へと近づいていることを夢見て…

 

 

 

楽しみです。

 

 

加藤あやめ

 

 

 

 

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