“床もみじ”映し出されているのは自分の心なのかも…




 

“床もみじ”映し出されているのは自分の心なのかも…

 

こんにちは

 

 

加藤あやめです。

 

加藤あやめ,ブログアフィリエイト,自由

 

『橋の上からの撮影は○○日〜○○日まで禁止!!』

 

 

 

 

ニュース番組での報道で取り上げられていたのをご存じでしょうか。

 

 

 

京都のある大きなお寺での観光客に向けて、撮影の自粛を協力してくださいという呼びかけです。

 

 

 

 

この数年、外国から来る観光客の人も増えていますが日本人も含めて、京都は人気なのですね。

 

とてもすごい人数の観光客が押し寄せてくるのだそうです。

 

そのため、すし詰め状態の橋の上で立ち止まり撮影をすると、事故やケガの危険があることから、禁止の看板を掲げざるを得なくなったようなのですね。

 

 

 

 

日本人は紅葉が好きな人が多いのですね。

 

 

 

緑から紅や黄色へと彩られ移り変わっていくて自然の景色は、四季のある日本ならではの美しい光景です。

 

 

 

普段は、お寺や神社、自然の美しさにさほど関心もなく過ごしている人でも、この紅葉の季節のなるとこぞって観光地巡りをしていたりします。

 

 

ですから、その時期にだけ人が溢れてしまうのですね。

 

 

 

実際はきれいな景色を見に行っているのか、人の山を見に行っているのか分からなくなりそうな光景です。

 

 

 

テレビの画面に映し出された映像は、まるでお正月に大きな神社へ参拝する人のかたまりと変わらないくらいにギュウギュウの人が橋の上に密集していました。

 

 

 

そして、『撮影禁止』の看板がすぐ横にあるのをよそに、何かに取り憑かれたかのようにスマホやカメラを構えています。

 

 

 

確かに、せっかく行ったのだからとカメラに収め記念に残しておきたくなる心境は分からなくはありませんね。

 

 

 

でも、私はどうせならば自分の肉眼でじっくりと目に焼き付けて、美しさを心で感じたいと思います。

 

 

 

その橋の上以外からであれば撮影の禁止はしていないのですね。

 

 

 

そして広い敷地内には十分にきれいな写真が収められる場所はいくらでもあるのです。

 

 

 

にもかかわらず、撮影禁止の警告を出している場所から堂々と人を押し分けてカメラを傾けている姿には言葉がつまってしまいました。

 

 

 

 

“自然の偉大さ、美しさ”を前に、“人間の小ささ、醜さ”が浮き彫りになってしまっているその光景から、

 

自分もそうなってしまっていないかを振りかえられる人でありたいと感じました。

 

 

 

 

私も紅葉の季節は好きです

 

 

以前から行ってみたいと思っていた京都の“実相院”というお寺があるのですが、今年やっと行くことができました。

 

 

 

 

途中、桑の葉を混ぜているというちょっと粋なおそば屋さんを発見したので立ち寄って…。
ランチを頂いてから向かいました。↓

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実相院の受付で拝観料を払うと渡されるパンフレット↓

加藤あやめ,床もみじ,実相院

 

 

よく磨かれた黒く光る板の間に、庭のモミジや木々がその季節ごとの彩りを映すのです。

 

 

 

夏は緑に、秋は紅に、雪の時期にはまた違う世界を映し出すのだと思います。

 

 

 

その静かに暗い板の間の部屋から、障子に仕切られたほんの一部の木々が織りなす彩りが床に幻想的な色を散りばめています。

 

 

“床もみじ”です。

 

 

加藤あやめ,実相院,床もみじ,自由

 

 

私が行った時は、まだ、色付き始めたばかりで人も少なくゆっくりと静かに堪能することができました。

 

 

 

この床もみじを見ることができる建物の中は、撮影禁止です。

 

 

 

ちょうど良く床に映りきれいに見える場所に、座布団が置いてあり、順番にじっくり座って閲覧できるようになっていました。

 

 

 

係の方が、「写真撮影は室内から縁側に出たところからどうぞ。」

 

と案内してくれていて、縁側の一部は腰掛けられるようになっていました。

 

 

加藤あやめ,実相院,床もみじ,自由

 

 

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石畳の庭に、丈の長いコケや黄色い花をつけた蕗(ふき)なども静かに咲いていています。

 

 

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どのくらいの時間座っていたでしょうか。

 

私は、その静かな空間から少し湿ったような緑のいい匂いと神秘的な景色に包まれてしばらくボーッと見とれていたと思います。

 

 

じっくり眺められるようにと、座布団を置いてくれていたり、縁側を開放してくれていたりと、遠方から来た人にはそのさりげなさが温かく感じますね。

 

 

また、床もみじの見られる室内は、古い歴史のあるふすま絵が手の届くほどの近い距離に飾られています。

 

 

 

もちろん、触ってはいけません。

 

 

 

それを、あえて近くの距離に置いているのは、拝観しに来てくれている人が肉眼で感じ入ることができるようにとの心遣いなのではないかと思えてくるのです。

 

 

 

ですから、私たちはモラルを持ってその心遣いに応える心があってこそ、その距離感と美しさが次の世代に生きる人達の未来にも残されるのではないでしょうか。

 

 

 

“床もみじ”に映し出されている影は、単なる木々の彩りだけではなく、

 

 

心の持ちようによっては、見る人の心をも映しだしているような気がしませんか。

 

 

追記

 

 

私は、時間に追われ、仕事に追われ、社会の決められた窮屈な歯車としての生き方から抜け出し、

 

 

 

自分の心がこれ以上の悲鳴を上げなくてもいいように、心が穏やかに豊かにいられることを大事にしようと働き方を考えるようになりました。

 

 

人の山で混雑している時期の観光地は、私の目的とするじんわりとゆっくりとした空間を静かに肌で感じるというのは難しいですね。

 

 

 

今回の“床もみじ”も、少し時期を前にずらしたことで人の山に揉まれることがなかったのでゆっくりできたのですが、

 

それは、ブログでのネットビジネスとの出会いが、私に“心の自由”をまっすぐに考えていいのだということを教えてくれたからのような気がしています。

 

 

 

もっと、心を豊かに生きていたいと思いませんか。

 

 

 

 

撮影禁止とされる場で、“自分だけよければいい”“他にもしてる人がいるのだからいいじゃないか”という感覚が普通のことのようにでてしまうことは、

 

もしかすると、歪んだ社会生活に長い時間浸かっていた中で、身についてしまった悲しい習慣なのかもしれませんね。

 

 

 

美しい“床”に映し出されているもみじを通して、“心”を考える…。

 

 

 

こういう生き方もいいと思いませんか。

 

 

 

 

もしかすると、それが本当の自分の心に“かえる”ということなのかもしれませんね。

 

 

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実相院に“無事にかえる”をかけたカエルを見つけたので、子ども達にと…↑

 

 

 

 

帰り道、刈り終わった田んぼのわきに、かわいい花を見つけました↓

 

加藤あやめ,ブログアフィリエイト,自由

加藤あやめ

 

足元に咲いている小さな花にも、気が付くことができる心の穏やかさを感じられている今。

 

 

こういう感覚を、持ち続けて生きていたいと私は思います。

 

 

それが、心豊かに過ごすことにつながり、心の自由に向かう道のような気がします。

 

 

そして、その心の豊かさ、自由は、自分がどう動くかなのですね。

 

 

 

 

加藤あやめ

 

 

 


 


 

 

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