『高校中退』は『大卒』にはかなわない?!




 

『高校中退』は『大卒』にはかなわない?

 

こんにちは

 

 

加藤あやめです。

 

 

 

 

今日は朝からどんよりとした曇り空が朝から広がっていた大阪ですが、

 

暑いのか涼しいのかよく分からない中、午後からプラッと出かけてきました。

 

 

 

 

夕方の一瞬、あかね色に染まる海辺に釣りを楽しんでいる人が数人、ちらほらと並んでいる大阪湾。

 

 

 

 

 

その一角で、海辺の景色にしばらく引き込まれてきました。

 

 

 

 

 

埋立地で大きな工場が建ち並ぶ一角は、殺風景で夕暮れ時は少しもの悲しい空気感を漂わせています。

 

 

 

そんな中、潮風に誘われてきたのでしょうか。

 

気が付くと、同じ様に海を眺めている人が海岸沿いに静かに並んでいました。

 

 

 

 

毎日の仕事や生活に追われている日々を過ごしていると、工場が建ち並ぶ都会の海でさえも一時の開放された感覚を肌で感じさせてもらえるのだと思います。

 

 

 

 

何の仕事をし、どんな暮らしを送り、何に感動したり価値を感じたりするのかは十人十色ですね。

 

 

 

百人いたら、百通りの人生があります。

 

 

 

そこに、“正解”というものはなく、“こうでなければいけない”というものなど、そもそも存在しないのだと思います。

 

 

 

もちろん、人を傷つけたり、騙したり、罪を犯すようなことは人間として許されることではありませんね。

 

まして、大切な人がその様な行いをしていることを知った時、怒りや腹立ちではなく、むしろ、その感情を通り越して、ただただ、悲しいと感じます。

 

 

 

結局それは、自分を粗末にしていることなのですね。

 

 

 

大切な人が、自分を粗末にした生き方をしているのは辛いですね。

 

 

 

ですから、大切な人が人間として誤った行いをしていると分かったら、ただ悲しいと感じるのだと思います。

 

 

 

 

せめて、大切な人を傷つけたり、悲しませたりしない生き方をすることで、その人の笑顔を守ることができるような気がします。

 

 

 

けれども、人が社会の一員として自分らしい生活を送るために、何を優先させるのかということや、どのような生き方をするのが一番納得できるのだろうかと考えたり、選択するかは自由なのです。

 

 

 

 

ひたすら学歴を積み上げ、有名な企業に就職すれば絶対の安心も幸せも掴めるという思い込み。

 

 

 

その学歴が“正解”で、学歴が乏しいと負け組のような言葉で一括りにし、見下すような社会の風潮がまだまだあります。

 

 

 

その一方で、この近年は大卒でも就職できず、“就職浪人”となる人もいて、

 

それを回避するために大学院に進学する人も多いそうです。

 

 

 

ところが、院卒生は逆に採用されにくいという皮肉な就職状況があるそうで、

 

こうなってくると、それこそ本当に何が“正解”で、何を信じればいいのかと、社会に振り回されてしまいますね。

 

 

 

ただ、少し考えてみてください。
社会に出て、新たに友人として人と関わるにしても、仕事をする相手にしても、その“人”に惹かれるのは、

 

学歴でもなければ、勤めている会社名でもなく、“その人”そのものだったりしませんか。

 

 

 

 

かもし出している雰囲気や、表情や、話し方や笑い声、姿勢が真っ直ぐ伸びていて、爪がきれいに切りそろえられた清潔感ある指先は好感を覚えます。

 

 

 

話をしてみると、たわいもない雑談で笑うこともあれば、自分の好きなことをキラキラとした表情で体験話をぽろっと聞かせてくれたり…。

 

 

 

色んな経験が、その人の話し方や仕草に出ていて、そういう作らないながらも発している雰囲気に、“その人”らしい魅力を感じるような気がします。

 

 

 

また、そういう部分を感じ合える人と、仕事をしたり、友人になれたら、充実した気分で日々を過ごすことができるのだろうなと思いませんか。

 

 

 

 

とはいえ、高校を中退、もしくは中学を卒業して、進学の道を選ばなかった人が就職先を探すとなると、厳しい現状もありますね。

 

 

 

求人情報のサイトを利用したことがあるでしょうか。

 

私は、数年前に登録した求人サイトがあるのですが、登録の解除をしないまま残しているので、毎日のようにメールが入ります。

 

 

 

それは、今私は“就職”という形式での仕事を探していないので、内容を見ることはほとんどないのですが、情報の1つにはなるので、あえて残しているのですね。

 

 

 

例えば、メールのタイトルに

 

『土、日休みでプライベートも充実!』『年間休日○○日!オンとオフを切り替えて!頑張りを評価します』

 

 

 

など、色んなアピールの文章があり、それを見るのも面白いのです。

 

 

 

 

そんな中、『学歴不問』の仕事はやはり少なくて、「人柄重視で採用します」など、引き付けられる文面はありますが、

 

経験値の少ない十代の青年が就けそうな仕事は限られているのが実際なのだと感じます。

 

 

 

 

私のように、四十歳を超えているとそれはそれで、“年齢制限35歳まで”という壁がのしかかりましたが、

 

 

 

“中卒”として扱わられる人も“高卒以上”という条件が提示されていることがあり、

 

就職の壁が大きく存在しているのは昔と変わらないのです。

 

 

 

 

そうなると、安い賃金で身体を酷使してハードに働くしか選択肢がなかったりもするのですね。

 

 

 

 

けれども、家族や大切な人に心配をかけない範囲で、色んな仕事を経験してみるのもいいのだと思います。

 

 

 

いろんなことに挑戦して、失敗や辛い経験なども、自分の引き出しになります。

 

 

 

それこそ、挫折することなく高校や大学を出て、1つの企業でしか働いたことのない人には絶対に経験できない体験なわけで、

 

 

それは、お金を払っても買うことのできない自分の経験値になるのですね。

 

 

 

 

ですから、だからこその人としての深みも得られますし、自分だけの魅力として、“生きる武器”として備わるのではないでしょうか。

 

 

 

それこそ、その経験値は自分の財産になるのだと捉え、一歩ずつ前に進むことができたなら、いつか大きな可能性をもたらせてくれるような気がします。

 

 

 

知識は、学歴とは違いますね

 

 

 

興味を感じることがあれば、今はネットで手軽に調べることもできますし、

 

本を読めば、色んな知識や知恵を吸収できます。

 

 

 

そして、生きるヒントを見つけることができたりもします。

 

 

 

難しい専門的な本ではなくて、読みやすい小説などからも色んな事を感じたり、考えたりするきっかけが転がっていたりしますね。

 

 

 

そして、もし、何かを学んでみたいと思ったら、ハローワークに行くのも1つです。

 

 

 

ハローワークでは、職業訓練制度で、いろんな学校を紹介していますね。

 

 

 

趣味の範囲の習い事から、資格が取れる学校など、場合によってはお金が殆どかからずで勉強できることもあります。

 

 

 

何かを学びたいと思った時に、どうしても学費が気になり、手が出せないということがあると思います。

 

 

 

生きていくための知識や技術になるものが、比較的安い費用で身につけることができるかもしれませんから、

 

 

 

もし、何かを学びたいなと思った時は、一度相談に行ってみるのもありだと思います。

 

 

 

高校中退をしたり、中学を卒業して若くから社会の荒波に立ち向かうことは、きっととてもエネルギーを使うと思います。

 

 

 

けれども、今や大学や大学院を出ていても、就職できないこともあったり、いざ、会社に入ってもリタイアする人もたくさんいます。

 

 

 

何が“正解”なのか、本当にわかりません。

 

 

 

ですから、自分が納得して何かを学び、勉強したいと思った時には、それが何歳であっても学べばいいのだと思います。

 

 

 

仮に、何かを勉強し、資格を取ったとしたとします。

 

 

 

必ずしも、その資格が役に立つかどうかは分かりませんし、全く違うことに興味が出てきたり、資格そのものを活用することがないかもしれません。

 

 

 

けれども、その勉強をしている時の姿勢はきっとひたむきで、一生懸命机に向かって取り組んでいる時間になりますね。

 

 

 

自分から学ぼうと思い取り組んだものは、イヤイヤしているのではないので、真っ直ぐな気持ちで頑張ることができます。

 

 

ですから、勉強したことの内容がもしも直接役に立たなくても、頑張って取り組んだ姿勢は、自信に繋がると思うのです。

 

 

 

そして、どんな経験も自分の魅力になると信じ、自分らしく心自由に生きればいいのだと思いませんか。

 

 

 

きっと、その姿を見守り応援してくれる人がいます。

 

 

 

  追記

 

 

 

世の中にはたくさんの会社がありますね。

 

 

 

少し前まで私は、その会社を起業している社長さんなどは、高学歴でお金持ちだからできるのだろうなと思っていました。

 

 

 

ところが、意外にも、中卒の人が多いのだそうです。

 

 

 

バカにされたくないという負けん気からであったり、組織に安い賃金でこき使われて苦労をした経験から、

 

使い捨てのコマで終わるものかというハングリー精神からであったり、理由は様々です。

 

 

 

 

ただ、そこには、その人だからこその辛い経験や失敗、挫折が1つの財産になっているのだと感じます。

 

 

 

そして、前に進むエネルギーとなり、行動力が実を結んで組織のトップになっていったのですね。

 

 

 

 

どんな生き方が自分や自分の大切な人にとって幸せかは、人それぞれです。

 

 

 

そもそも、学歴を積んだ人でもそうでない人でも、人としての価値は同じですね。

 

 

 

その人の魅力はその人にしかないもので、みんな違ってて当たり前だと思うのです。

 

 

 

ですから、“こうでなければいけない”という固定概念はできるだけ早く外し、広い景色を臨めたら優しい穏やかな心で過ごせるような気がしませんか…。

 

 

 

 

そして、生き方も、働き方も、今は選択肢がたくさんあるのだということを、頭の片隅においててもいいのだと思います。

 

 

 

加藤あやめ

 

 

 

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