『働きたくない』その気持ちに素直になってみる




 

『働きたくない!』と思うのはなぜだろう

 

こんにちは

 

 

 

加藤あやめです。

 

 

『働く』 とはどういうことなのでしょうか。

 

 

 

“働く=仕事=収入”と考えてるのが多くの人が思う一般的な答えではないかと思います。

 

 

 

 

けれども、子育てをしているお母さんや、主婦として毎日掃除や洗濯、買い物に出かけご飯の支度をするなど、家族のためにと動いているのも、働いていると考えますね。

 

 

 

そこには賃金はないですから、働くこと=収入には直ぐには結びつきませんが、家族が健康に気持ちよく生活できたらと願う無償の愛があります。

 

 

 

 

その働きを毎日してくれているのですから、心から“ありがとう”と伝えたい存在ですね。

 

 

 

 

 

 

ただ、私たち人間は、お金がなければ生活が成り立ちません。

 

 

 

 

例えば、食料を手にするために、自分で海に潜って魚を捕り、山に入ってキジやイノシシを捕まえて食料となる肉を確保しているわけではありません。

 

 

 

スーパーに行ってお金を払って食材を買います。

 

 

 

 

農業をしておられる方ならば、新鮮な野菜を毎日食べられますが、それも自分たちの事業として毎日畑を耕しているわけで、できた野菜を売りお金に換えて生活を成り立たせているわけです。

 

 

 

他のものを手にするために。

 

 

 

 

少なくとも、今の日本で生きている限りは、一円もお金を持たずに生活することはほぼ不可能ですね。

 

 

 

 

贅沢をするわけではなくても、多少のお金がなければ何もできません。

 

 

 

 

形のある物を手にするためだけではなく、形の無いサービスを受けることにもお金を払います。

 

 

 

 

だから、私たちは生きていくためのお金を得るために仕事をします。

 

 

 

 

よほどの大金持ちでこれ以上収入が必要ないという人でない限り、仕事をしなければ生活できません。

 

 

 

 

パートでもアルバイトでも正社員でも、どこかに勤めている人はその勤め先に利益があるように働いて、その分の対価としてお給料をもらいます。

 

 

 

 

 

では、どうして働きたくないと思うのでしょうか

 

 

 

 

“働きたくない=お金が必要ない”と思っているわけではないと思います。

 

 

 

 

毎日早起きして会社に行き、ヘトヘトになって帰ったら寝る。

 

 

 

 

仕事によっては夜勤があって朝方まで働いて、昼過ぎになってからやっと寝られるという方も少なくないですね。

 

 

 

私も働きたくないと思う事が何度もありました。

 

 

 

 

「仕事に行きたくない」 「働きに行きたくない」

 

 

 

でも、それは、仕事をしたくないのではなく、「義務のように朝早起きして時間に追われるように出かける支度して寝に帰るだけの毎日」

 

 

それが、人生の大半以上を占めてしまう生き方に、前向きな気持ちが持てないということだった様に思います。

 

 

 

 

つまり、働き方に対しての“嫌だな”という気持ちだったのだと思います。

 

 

 

 

私たちは、仕事をするために生きているわけではないですよね。

 

 

 

本来は自分の人生を豊かにすることが前提で、そのために働いている時間もあることが理想なんだと思います。

 

 

 

でも、物理的なモノは買いそろえられて、それなりにお金が手にできたとしても、心が満たされる時間を過ごせていない現状。

 

 

 

何のために働き、何のために生きているのだろうか…と、虚しく感じることがあるのだと思います。

 

 

 

 

だから、一言に言いあらわした言葉が“働きたくない”なのではありませんか?

 

 

 

 

 

やってみたい仕事があったり、憧れのライフスタイルがあったとしても、現実の今の生活を何とか維持していくためには、そう簡単に理想に向けて舵を斬る勇気が持てないのが本音だと思います。

 

 

 

 

“もっと、『本音で生きればいい。 好きな生き方をすればいい。』と、前線に立っている人の言葉をよく見かけますが、そう言われてもなかなか変えることには踏み切れない。”

 

 

 

 

私もいつもそう感じていました。

 

 

 

 

けれども、それでは何も変わりません。

 

 

 

分かってはいるけれど、動けない。今までと違う動き方をすることに踏み出せない。

 

 

 

そして、月日だけが流れていく。

 

 

 

そんな毎日に虚しさを感じながら、ひっそりとため息をついている自分に嫌気がさしたりと…。

 

 

 

そんな時が一番辛いです。

 

 

自分の本音を一度受け入れてあげませんか

 

“仕事を辞めたい”“働きたくない”という自分の気持ちを、自分だけは一度認めて許してあげてもいいのではないでしょうか。

 

 

 

 

自分の人生は自分のものです。

 

 

 

 

想像してみてください。

 

例えば仮に「もう仕事辞めたいんだ。」 と、誰かに話したとします。

 

 

 

すると、返ってくる言葉は

 

 

   「これからの生活はどうするの?」

 

 

   「次の仕事のあてはあるの?」

 

 

   「今は、我慢して定年まで辞めないほうがいいよ」と、なだめてくるか。 もしくは、

 

 

   「いい歳して情けない。社会人として、自覚が足らないんじゃないか」

 

 

   「仕事なんてみんなしんどくても我慢してやってるんだよ。我慢が足らないんじゃないか」

 

 

 

 

などと、ダメ人間扱いをしてくることが想像されますね。

 

 

 

結局は自分の気持ちは自分にしか分かりませんし、どの様な意見を耳にしたところで答えを出すのは自分自身です。

 

 

 

世間からの評価、他人の目から見てどう思われるかよりも、自分が輝きを感じられる生き方をしているのだろうかと疑問を感じたり、新しい生き方を選択しようかなと悩んだり考える今の気持ちを自分だけは粗末にせず大切にしてあげてもいいのではないでしょうか。

 

 

 

 

「働きたくない」と思っているその気持ちは、“本当に何もしたくない”という感覚なのか、“今の働き方が嫌だ”という感覚なのかで、自分の心との向き合い方も変わってくるとは思いますが、どちらにしても、そう感じている自分の心をまずは認めてあげていいのです。

 

 

 

 

そもそも、“働く”“仕事をする”ということに対して、『雇われる』を前提にした“就活”が一番最初に浮かぶのが一般的なのでしょうが、どこかに就職しなければいけないと、誰が決めたのでしょうか。

 

 

 

 

 

働き方は就職するだけではありませんね。

 

 

 

 

もしも、してみたいことがあるなら、自分でお店を開いてもいいですし会社をおこしてもいいわけです。

 

 

 

 

“転職”は、再就職先を探すのもいいですが、なぜ今の仕事を辞めることにしたのかを考えると、働き方を見つめなければ、もしかするとまた同じ様な悩みで辛くなるかもしれません。

 

 

 

 

今の仕事が辛ければ、自分が納得できる仕事を探し、働きやすい仕事に働き方を変えてもいいのです。

 

 

 

 

ただ、私もそうでしたが、今までの働き方と違う未知の世界だから、踏み出す前にまだ見てもいない先のことなのに不安を抱きためらうのですね。

 

 

 

 

けれども、一歩踏み出せば、今までにない景色が見えるのは確実です。

 

 

 

 

経験していない緊張感を味わったり、年齢に関係なく新しいことの中では初心者ですから、すべてにおいて謙虚に学んでいく姿勢が必要です。

 

 

 

その分、自分の人間としての幅は深く広くなります。

 

 

 

 

“働きたく無い”と感じることは悪いことではありません。

 

 

 

弱い人間だから感じる思いでもありません。

 

 

 

自分の人生を考えようとする前向きなアンテナが働いていて、自分の気持ちと真面目に向き合おうと感じられる心がちゃんとある人なのだと思います。

 

 

 

 

 

PS

 

 

 

 

私は、長年主婦でしたが離婚して、生活のために色んな会社で色んな仕事をしてきました。

 

 

 

 

どの仕事に就いてもいつも初心者ですから、大学を出てずっとその会社で勤めている方とは違い、ゼロから仕事を覚えていかなければいけませんでした。

 

 

 

自分よりもずっと若い方におばさん扱いをされたりバカにされている視線を感じることも少なくありませんでしたが、学ぶものはとても多かったと感じています。

 

 

 

それは、その会社での仕事内容などではありません。

 

 

 

 

そんなものは、真面目に取り組み覚えようと頑張れば2,3ヶ月もあればできるようになります。

 

 

 

 

そして、残念ながら、その会社でだからこその仕事業務ですから、一生使えるスキルにはなかなかならないのが現実だと思います。

 

 

 

 

私が学べたものとは、いくつになっても謙虚な姿勢で取り組むことや、柔軟に受け止めて考えるという思考。基本を大事にすることが仕事においても人と関わることにおいても一番大切なのだろうなという様なことです。

 

 

 

 

そして、この会社ではこういう考え方でなければ通用しないが、一歩出て、違う会社ではその会社で通用する常識がまた違う…つまり、1つの組織しか知らなければ、いかに狭い視野と固定概念が植え付けられ、深みも味わいもない人間に染まりゆくのが現状なのか、という印象が残りました。

 

 

 

私は、これはある程度の年齢になっていて、中途採用をいくつか経験したから得られた視点だと思います。

 

 

 

とはいえ、私はまだまだ40代ですから、人生の味わい深い先輩は限りなくいらっしゃいます。 ですから、当然ですが私はまだ赤子です。

 

 

 

 

その中継地点での思いでしかありませんが、”多くの価値観を知る”は、自分の感性を広げ豊かな人間性を自分に落としていくには、今、聞いておきたい言葉だと感じます。

 

 

 

 

自分が正しいと思い世間に通用する常識だと思い込んでいることも、案外違うかもしれませんんね。

 

 

 

 

“働きたくない”と感じたら、思い切って長期休暇をとったり、“働き方を変えるチャンスかも”と、捉えてみてもいいかもしれません。

 

 

 

 

会社を休んでも、辞めても、働き蟻の代わりはいくらでもいます。

 

 

 

 

けれども、自分の人生に自分の代わりはいませんものね。

 

 

 

 

 

それでも、明日はやってきます。

 

笑顔で過ごせたら幸せですね…。

 

 

 

 

パソコン1つで 一人でできる仕事を、私は始めました。

 

 

 

加藤あやめ

 

 

 

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