【人間関係の自由】気の合わない人といても成長しない




 

【人間関係の自由】気の合わない人といても成長しない

 

こんにちは

 

 

 

加藤あやめです。

 

加藤あやめ,人間関係自由,

 

 

何をもって人が生きやすい世界と言うのでしょうか。

 

 

 

私たち人間は、他の生き物とは違う進化をし独自の社会をつくり出してきました。

 

 

 

言葉や文字を使って他者と意思疎通を図りますし、裸ではなく衣服をまといます。

 

 

 

遙か昔からその時代に合わせながらの変化を繰り返しながらも、

 

 

 

どうすれば生活しやすい環境を整えられるのかということを考えて人間だけがずば抜けて進化し続けてきたのだと思います。

 

 

 

そこには、常に貪欲に“考える”という能力と、“行動”が他の生き物を抜いて人間社会を絶対的なものにしてきたのかもしれませんね。

 

 

 

様々な物や文化を築き、街ができ、ルールを設け、周りを見渡すと人間が作った物で溢れています。

 

 

 

例えば、今、家の中を見回してみてください。

 

目に付く物はすべて人間が作ったモノではありませんか。

 

 

 

一歩外に出てみてもそうですね。

 

アスファルトで整えられた道があり、車が走り電車が通っています。

 

それらを信号や横断歩道、制限速度といったさらに様々な整備をもとに、人が暮らしやすい仕組みが細かく作られています。

 

 

 

一見、自然のままのような気がする山や川なども手を加えられています。

 

例えば、日本各地にある杉の山も数十年単位で植林し管理されていますし、雑木林というものも、昔の人の知恵で人工的に作られてできた自然の風景なのですね。

 

そして、川は洪水が起きないようにと流れを変えたり水量を調整しています。

 

 

 

改めてこんなことを考えると、人間ってすごい生き物だなと感心すると同時に何だか妙な感覚になります。

 

 

 

 

どの生き物もこの世に生まれて、食べ物で命をつなぎ、ある程度成長すると子孫を残し、次の世代へとバトンタッチしてその生涯を終わらせます。

 

 

 

それは人間も同じなのです。

 

 

 

ただ、その過程には単純に子孫を残し続けるという生き物の本能的な意味ではなく、

 

本を読んで感動したり、考えさせられたり、音楽やスポーツに励まされたりなどの刺激を受けることで心が何かを感じます。

 

 

 

それが、自分の活力になるときもあれば、逆に気持ちがなえてしまうなどの様々な影響を受けますね。

 

 

 

そして、生きていることの意味を感じようと悩んだり考えたりをするのだと思うのです。

 

 

 

 

それぞれの個性で興味を持つ事がらは違いますが、趣味や娯楽を楽しもうとするのも人間という生き物の特徴ですね。

 

 

 

そういう独自の性質を持っている私たち人間は、とても繊細ですし複雑な生き物です。

 

 

 

そして、築いてきた社会もとても複雑なのです。

 

 

 

 

だからこそ一言で簡単に白か黒か、○か×かという単純な線引きなどできるものではないと思うのです。

 

 

 

 

そういう繊細で複雑な私たちは、同じ様に複雑化されている社会の中で生活していると、

 

 

 

生きやすく変化させ、築かれてきたてきたはずの社会とは逆に、生き辛さを感じるようになってきたところもあるのではないでしょうか。

 

 

 

その一つに、【人間関係】があるのだと思うのです。

 

 

 

 

では、人間関係に生き辛さや悩むとはどういうことなのでしょうか。

 

 

 

 

例えば、子どもの頃を想像してみたとしますね。

 

 

 

クラスメイトや友人など、いつも一緒に過ごす人は仲のいい親しみを感じられるごくごく一部の人だったと思うのです。

 

 

 

 (私の場合は小学生の頃は毎年クラスが変わる度に友達も変わり、今では誰一人として交流もなければ名前も思い出せません。)

 

 

 (中学生からずっと同じ学校だった友人は、20年ぶりくらいの再会を機に今も2、3人ほど交流がありますが、それでも年に1、2回会うかどうかです。)

 

 

 

 

親姉弟が一番身近な人間関係ですが、知り合いとしては学校の先生、近所のおじさん、おばさんを始め、色んな人が周りにいたとは思いますが、

 

 

 

例えば、クラスメイトなど気が合わない場合や嫌な相手であれば、一緒に遊ぶこともなければ無理に話をする必要もないのですね。

 

 

 

 

もちろん、子どもの頃には意地悪をされたり仲間はずれにされたりと子どもの社会にも複雑な人間関係はあります。

 

 

 

 

けれども、クラス替えや進級など歳とともに自分の気の合う友人が絞られてきたり、
部活動や習い事、同じことに興味を持つ仲間などができてきたり、恋人ができたりと人間関係は移り変わってきたのではないでしょうか。

 

 

 

 

時には誰かといることよりも、一人での活動が自分に合っていると感じることもありますね。

 

 

 

 

つまり、気の合わない人と無理をして合わせることよりも、
一緒に居て気持ちが落ち着ける人や、楽しいと感じることができる人といることを、
無意識の中からかもしれませんが選んできたように思うのですね。

 

 

 

 

 

では、どうして社会人の多くが人間関係に悩み辛いと感じているのでしょうか。

 

 

 

 

気の合う人ばかりが集まっているわけではないからです。

 

 

 

 

そしてその悩みのほとんどが仕事上での人間関係なのですね。

 

 

 

 

仕事として、付き合う人間関係は年齢も様々ですし、上司や部下などといった“立場”という独自の肩書きによって隔たりがあります。

 

 

 

 

考え方も違えば、思うことも違う人が集まっています。

 

 

 

 

その中で個人が考えを持ち伝えようものなら、立場が優先されて、意見を言うこともままならなかったりもするわけですね。

 

 

 

理由はこうです。

 

個性や自分の考えを持つことで、組織が統一されにくくなるからです。

 

 

 

 

ですから、その組織の中で“良しとする”無難な回答を自分のものとして植え付けていかなくては、会社の中では通用しないのですね。

 

 

 

 

よく、「仕事とプライベートを両立させる」とか、「仕事の顔とプライベートの顔は分けるモノ」などの言葉が飛び交います。

 

 

 

 

つまり、時と場合に合わせて臨機応変に対応し、TPOをわきまえられることが大人としてのマナーであり、常識のある社会人とされるということです。

 

 

 

 

けれども、解釈の仕方によっては自分の人格などは後回しで、二重人格で生きることができなければ社会人としてはやっていけないのだと言っているように聞こえてきませんか。

 

 

 

 

切り替えが上手くでき、人間関係なんてこんなものよと割り切れる人はそれほど“人間関係の自由”を求めていないでしょうし、

 

 

 

そもそも、人間関係に悩んでもいないでしょうからこのページに訪れることはないと思います。

 

 

 

 

ですが、今このページを読んでくださっているということは、人間関係に何かしらの悩みを持っていて答えを探しているのだと思います。

 

加藤あやめ,人間関係自由,

 

 

人間関係の鎖から外れてしまうのも一つの選択肢です

 

 

 

誰にでも、得意なものとそうではないものがありますね。

 

 

 

話上手な人、誰とでもすぐ親しくなりよくおしゃべりをする人は、営業や接客など、人と直接関わることが得意かもしれません。

 

 

 

その一方では、会話をテンポよく弾ませることは苦手だけれども、

 

黙々と物づくりをしているとあっという間に時間が過ぎるくらい没頭でき、繊細な作品を生み出すことが得意な人もいます。

 

 

 

お互いの得意な部分は、お互いの苦手な部分だったりもしますね。

 

 

 

 

もしも、そんな二人が同じ職場にいて、お互いに得意な部分を発揮しあい一つになれるのであればきっといい仕事になるのかもしれませんね。

 

 

 

 

けれども、個人であればそれも可能でしょうし夢があるように感じますが、これはきっときれいな理想論なのでしょうね。

 

 

 

そのような“あ うん”の呼吸で解り合えるような人と、いいタイミングで出会い、二人でやっていこう!と思える出会いがあれば、できるのかもしれませんが、そもそもの畑が違うので、知り合えるきっかけも少ない気がします。

 

 

 

 

そして、実際のところそれなりの大きな会社組織だと、なかなかこうもいかないのだと思うのです。

 

 

 

 

おそらく“部署”が違うでしょうから、リアルに営業や接客的な仕事をメインにする人と、製造側の人が日々関わり合うことはほとんどないわけです。

 

 

 

 

私が経験した過去に勤めていた会社でも、幾つもの部署に分かれていて、

 

他の部署の人と会うといえば、お昼の休憩時間に会社内の食堂ですれ違う程度で挨拶すらすることもほとんどありませんでした。

 

 

 

自分のいる部署の中でも、「あなたの仕事はこれです。それだけをきちんとしてて下さい。」という威圧があり、

 

言われたこと以外に手を出すことも口を挟むこと(意見や提案)も、余計なこととみなされる暗黙の威圧がありました。

 

 

 

 

そう考えると、どちらかというと日々の人間関係で苦しいと感じる原因は、同じ部署の中で同僚の腹の内を探りノルマや成績を競い合ったり、

 

技術的な部分ではない陰湿な陰口などで追い詰められたりというようなところにあるような気がしますね。

 

 

 

 

人が集まるところには残念ながら“嫌な人間関係”もまん延しているのですね。

 

 

 

 

また、人間関係の悩みは、同じ会社の人間だけではなく、取引している他の会社の人だったり、たちの悪いお客さんだったりすることもあり、

 

社会で仕事をしている中での人間関係での悩みは尽きることがないような気がします。

 

 

 

 

つまり、人間関係での悩みは、人との関わりを持ちながら働いている限りは簡単には解決しそうにありませんね。

 

 

 

 

けれども、仕事だから簡単にその人間関係を変えることは難しいと考えると思います。

 

 

 

 

家族を養っていかなければいけないという責任感の強い人なら、なおさらですね。

 

 

 

 

でも、考えてみて下さい。

 

人間関係に悩み、仕事にも支障が出てきてしまい、やがて身体も心も壊れてしまったという人が後を絶ちませんね。

 

 

 

それこそ家族への責任感や、仕事だからと我慢してきたことが、かえって裏目に出て仕事が続けられないなんてことになったら、元も子もないのです。

 

 

 

 

本当の自分を偽りながら無理に作った自分で過ごし、自分の心は粗末に扱い、他人の顔色に合わせる生き方をしている限り、

 

人間関係の自由は手に入ることはないと思いませんか。

 

 

 

 

その上、悩み苦しいと感じる人間関係を我慢し受け入れることで、何か自分にとってプラスになり、成長できるというものがあるのでしょうか。

 

 

 

 

もちろん、早とちりして勘違いしてしまっては勿体ないこともあります。

 

 

もしも、自分が未熟なため、自分の力が発揮できるようにと厳しい意見を投げかけてくれていたり、

 

 

 

自信がなくて足踏みしている状態の自分に渇を入れ、挑戦する後押しをしてくれていることが見えていないだけだとしたら、また別ですから。

 

 

 

その瞬間は“嫌なことを言う人”ではあるかもしれませんが、少し冷静に考えてみるとそこには自分の成長を応援してくれている心を感じ取ることができますね。

 

 

 

 

その人との関係性にもよるとは思いますが、どうしようもない理不尽に感じる人間関係は、自分を成長させることはなく

 

むしろ足を引っ張るだけの重たく錆びついた鉄の鎖にがんじがらめに縛られているようなものだと思うのです。

 

 

 

 

人間関係の悩みから解放され、自由な人間関係を持ちたいと思いますね。

 

 

 

つまり、

今頭を悩ませている人間関係

 

 =自分の成長を妨げたり社会の中の歯車に無難に収まる量産型の基準に合格する世界。

 

 

 から ↓↓↓

 

 

 

気の向いたときに気の合う人と過ごす。人間関係の自由

 

 =仕事は誰かの指示で誰のためにしているのか分からないものではなく、自分の意思で決め、自分が自分に指示を出す世界。

 

 

に、移行していけば、他人から付けられた重たい鉄の鎖から解放されるのですね。

 

 

 

人間関係の自由があります。

 

 

 

 

一人でできる仕事をすれば、上司も同僚も後輩も、駆け引きをして仕事の注文を取らなくてはいけない取引先との微妙な人間関係もありません。

 

 

 

それこそ噂話のネタにと、ねほりはほりと土足でずかずかとプライベートに口を挟みたがるような人間関係は早くに外してしまう方がいいように思います。

 

 

 

その時間を、本当に気の合う友人や恋人、家族との時間にすることができたら素敵だと思いませんか。

 

 

 

 

まさに、それが人間関係の自由だと思うのです。

 

 

 

 

私にとっては、ネットビジネスがその理想を現実のものへと導いてくれる唯一の手段だと思っています。

 

 

 

 

パソコン一つで、自分一人ででき、仕事上にある人間関係は“自分”だけです。

 

 

 

 

他者との気の重い人間関係はまったくない世界なのです。

 

 

 

 

 

私はパソコンもインターネットもど素人で、大した知識も持っていませんでした。

 

 

 

 

唯一あるのは、40数年生きてきたという事実があるだけなのですね。

 

 

 

 

これは、私だけではなく、世の中の全ての人も今まで生きている事実があります。

 

 

 

 

そして、同じ人生を送っている人は世界中探しても自分一人しかない、絶対の個人の経験なのですね。

 

 

 

 

人に自慢できるような経歴もありませんし、何の取り柄もありません。

 

 

けれども、私が経験し、感じたことは私にしか表現できません。

 

 

 

ですから、私の思いや経験を文章にすることで、ブログが成り立っています。

 

 

 

つまり、ネットビジネスの中でもブログでのアフィリエイトビジネスは、オリジナルであり、誰でもが挑戦できる始めやすいネットビジネスなのだということなのです。

 

 

 

人間関係の自由は、何者かに付けられた重たい鉄の鎖を外し捨ててしまうことで手にすることができます。

 

 

 

そして、それを外し自由になることに対し足を引っ張ろうとするのも、実は自分の成長を妨げようとする人間関係なのですね。

 

 

自分を成長させてくれる人間関係に切り替え、自分の足で生きていくことを選択したらその先には色んな自由があると思いませんか。

 

 

 

【人間関係の自由】を、一緒に感じられる仲間になれると素敵ですね。

 

 

 

追記

 

 

 

私は、一本のメルマガをきっかけにそのことに気付き、挑戦することができました。

 

 

もっと自由な生き方ができないかと興味のある方は目を通してみてもいいかもしれませんね。

 

 

 

そして何の知識もない私が、アフィリエイトビジネスを始めるために揃えたツールや教材は推奨教材ページにすべて紹介しています。

 

 

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