加藤あやめのプロフィール




 

仕事がない〜見えない障がい〜自由への気付き

 

 

 

居場所がない

 

 

長期にわたり休職していた職場に、治療が終わったことを報告しに向かいました。

 

 

 

半年以上も収入が無いのですから、一日も早くパートの仕事を復帰をしなければ生活ができないわけです。

 

 

 

休職することになった時に、「待ってるからね。しっかりなおしてこいよ!」と、快く見送ってくれていたので、復帰してからも以前と同じ様に毎日の出勤をするつもりでいました。

 

 

 

しかし、長期のしかもいつ復帰するかもわからない私のために、会社も空席を置いているほど余裕もないわけで、当然ながら、代わりの従業員を雇っています。

 

 

 

私は、本来ならば、もうお荷物でしかない存在です。

 

 

 

それでも、週に2日でよければ来てくださいという話になりました。

 

 

 

正直なところ、体力も落ちていますし、見た目もマスクに帽子、浮腫んだくすんだ顔色でどう見ても健康的な人間には見えません。

 

 

 

経済的に余裕があるのならば、直ぐに勤めに出ることよりも元の日常生活に戻れるように、療養しながら少しずつ生活リズムを整えて、身体も心もリハビリしていくことができたのでしょうが、私にはそんな余裕はありませんでした。

 

 

 

 

週2日だけの出勤であっても、私の事情を知ってくれている会社でしたし、体力的にも毎日通勤することは無理があることも自分の中でも自覚はありましたので、そこからスタートすることにしました。

 

 

 

 

けれども、いざ職場復帰すると、週に2日なので毎日の仕事の流れがわかりませんし、以前の私の仕事は別の方が担当しているわけで、まるで、私は部外者のような感覚になり、自分の立ち位置をどうしたらいいのかがわかりませんでした。

 

 

 

 

日を追うごとに、自分の居場所がない惨めな気持ちと身体のしんどさに加えて、孤独感とこれから先の不安が常に頭につきまとい膨らみました。

 

 

 

明るい気持ちになることは全くありません。

 

 

 

それでも、働かせてもらえていることは有りがたかったので、笑顔で出勤することを心がけていました。

 

 

 

 

 

入院中は、決まった時間に食べやすく工夫された食事が黙っていても目の前まで運んでもらえていましたので、食欲がなくても残したら作ってくれている調理員さんに申し訳ないという気持ちもあり、目の前に出てくると食べようと口に運びました。

 

 

 

でも自宅では、材料の買い物に出て、自分で調理しなければ食べられないわけです。

 

 

 

私は味覚障害があり何を食べても美味しくない上に、食べることが億劫で、食べたいという意欲がないのですから、買い物に出ても買いたいものがありません。

 

 

 

食べたくないのですから調理をする気力も沸かないわけで、食事を摂らない頻度が増えました。

 

 

 

もしこれが、旦那さんや子どもがいるなど、誰かのために作らなければいけない日常があれば仕方なくであっても調理したり、心配をかけてしまうと思って無理にでも食べたのかもしれません。

 

 

 

けれども、私にはそういう環境がなかったので、誰にも迷惑かけているわけではないしいいわっと、半ば投げやりな気持ちもありました。

 

 

 

こんな毎日を送っていると、どんどん気力も落ちてしまい、

 

 

「私は何をしているんだろう。前向きに変わらなければ!」 と思うときもあれば、

 

 

「もう、このまま死ねたら楽になるのに。」と部屋から一歩も出ずにふさぎ込んでしまう日もあり、精神的にとても不安定な状態が増えて、治療を終えてからの方が身体の状態も悪くなっていくのを実感する日々でした。

 

 

 

 

夜、全く眠れなくなり、だからといって昼間も寝られず、しんどくて寝たいのに眠れない日が何日も続きました。

 

 

 

 

様々な病気や障がいに遭遇することや、仕事や人間関係によるストレスなど色んな環境による影響で鬱になることは、今の日本の社会ではもはや特別なことではなく、よくあることだと思います。

 

 

 

 

癌患者さんの約半数は、鬱になるそうで、私もそれに当てはまる一人となっていました。

 

 

 

 

主治医の先生は、精神科の受診を勧めてくれました。

 

 

「その症状は鬱病だと思います。 我慢しないで症状がひどくなる前に、診てもらうことで気持ちも楽になれると思いますよ。

 

今はいい薬もあります。

 

癌で、やはり心が不安定になる人は多いので、この病院の精神科もそんな方が多く受診していますから、話だけでもしに行ってみませんか。」

 

 

というようなことをおっしゃって下さいました。

 

 

 

 

でも、私は、自分でも苦しくて辛いのですが、どうしても精神科の受診や飲み薬に抵抗がありました。

 

 

認めたくない気持ちがあったのと、治療から抜けられなくなるのではないかという不安。

 

 

 

そして、病院代をこれ以上払うことができない経済的な問題もあり、精神科の受診は断りました。

 

 

 

そんな時に、「何か楽しい所に出かけたり想像したり、美味しいものを食べたら元気になるよ。」

 

 

と、励ますつもりで言ってくれているのだろうけれど、

 

 

食べることが苦痛になっているのに、なんて適当なことを、さも正論のようにサラッと押しつけてくる人。

 

 

優しさを装った軽さに、(所詮、他人事でしかないよね)と、そういう言葉を伝えてくる人には距離を感じました。

 

 

 

悪気がないことはわかるのですが、人間性といいますか、人格が垣間見えて、それはそれで私の糧にもなりました。

 

 

 

自分も無責任な言葉を簡単に口にしてしまっていないか、教訓にしようと。

 

 

  (自分のことは案外見えていないものだと思います…)

 

 

 

週に2日しか働きに出ていないので、ゆっくり身体を休ませ快復していける時間となればよかったのですが、一人で余計なことを考える時間も増えてしまったことから、鬱的な思考や習慣に飲まれてしまったのかもしれません。

 

 

 

 

仕事のない日に体力をつけようと外に出たり、気分転換をしに出かけてみたりなど、するべきなんだろうし、それがきっと正しい行動なのだろうと頭の片隅にはあるのですが、もう一方で、やりたくない、外にでたくない、と動いてみようとしない自分がいました。

 

 

 

そんな自分がとてもダメな人間に思えて、余計に鬱ぎ込む日々が何ヶ月も続きました。

 

 

 

何も良くなるわけがありません。完全に悪循環に飲み込まれているのですね。

 

 

 

鏡に映る自分の姿は、入院中の時よりも活力のない表情で、みっともなくて目を反らすようになりました。

 

 

 

 

そんなさなかのあるとき、友人がこう話してくれました。

 

「今は、それでもいいんじゃない。とことん落ち込みマイナスな思考に浸りたいだけ浸ってれば、そのうち飽きて動きたくなる時がくるよ。」と。

 

 

 

実感は湧きませんでしたが、自分を責めなくてもいいのだっと少し気持ちが楽になることができた様に思います。

 

 

 

また、滅多に会うことのない離れて暮らしている子どもが

 

「ママが元気になってよかった。よう言わんかったけど、もしかしたら死んでしまうのかなっていっぱいいろんな事考えてたから。」

 

 

と、言葉にしないで心に隠し持っていた不安や思いを話してくれ、子どもは子どもの立場でいろんな思いを抱きながら過ごしていたことを改めて感じさせられました。

 

 

 

一日の中でも、気分の浮き沈みが凸凹と沢山ありましたが、友人や子どもの存在のおかげで、少しずつ気持ちも落ち着き、改めて仕事を探そうと思い就職活動をしました。

 

 

 

社会的弱者

 

 

今の仕事と併用して、働きに出る日を増やせば収入にもなりますし、余計なことを考えてどんどん落ち込んでしまうことから抜け出すためにも、動かないといけないっと考えたのですね。

 

 

 

実際は、大した職歴もないですし、年齢的にも書類選考だけで落ちてしまうことが多かったのですが、面接に来てくださいと連絡が来ると、緊張と嬉しい気持ちとが混ざり合い気合いも入りました。

 

 

 

黒いリクルートスーツに汗ばみながら面接やその後の採用試験に進み、採用になりそうな気配があった会社もありました。

 

 

 

ただ、通院もありますし、後遺症があるので、「何でもできます。させて下さい!」と、若い頃の様には言えないわけです。

 

 

 

出来ないことがあることを理解してもらわなければ、私自身もその職場で働きにくいですし、どうしても病気のことを伝えなければいけない状況があります。

 

 

 

すると、採用担当者の表情は一瞬かわり、後日連絡します。と濁されて採用は見送りに。

 

 

 

雇う側にすれば、いつ、病気の再発で休まれるかわからない人に、賃金を渡して仕事を任せることに躊躇するのは当然かもしれませんね。そんなリスクのある人よりも健康でよく動ける人を求めるものです。

 

 

 

また、病気を伏せて使用期間として出向いた職場もありました。

 

 

 

そこでは、一日中立ちっぱなしで過ごす仕事だったのですが、私はリンパ浮腫があるので、2,3時間もすると皮膚がピリピリと痛み出し、腫れてきてしまいました。

 

 

 

続けるには、やはり病気のことや後遺症で障がいが残っていることを理解して受け入れてもらわなければ仕事が成り立たないと思い打ち明けました。

 

 

 

すると、担当の方は柔らかい言葉でしたが
「今は、仕事を増やすことよりも、ゆっくり快復させた方がいいのではないですか。」

 

 

のようなことをお話され、結局私から採用を辞退することになりした。

 

 

 

 

私は、努力や気合いではどうにもならない現実があることを、身をもって自覚することができました。

 

 

  『無理なものは 無理なんだ。』

 

 

でも、挑戦したことで自分の状況を改めて自覚することができたので、すっきりしたような気がします。

 

 

 

生き方

 

 

 

私は、癌になった働き盛り世代の方の就労の厳しい現実を知りました。

 

 

長年勤めてきている会社があっても、居心地が悪くなり退職をせざるを得ない方も多いと聞きます。

 

 

私は、発病時は学生でしたので、厚生年金などの社会保障はありません。

 

 

もしも、サラリーマンとして福利厚生の整っている会社に勤めていた時に病気になったのであれば、休職して長期の入院をしていても傷病者手当という制度で、ある程度の生活の保障がされるようですし、障がい年金制度も使いやすいようです。

 

 

 

でも、私にはそんなものはありません。

 

 

発病時は学生で国民健康保険と国民年金の加入者でしたし、再発時は社会保障のないパート勤務だったので。

 

 

 

そのため、今後のことを考えると、福利厚生の充実している会社で安定して勤められたらということばかり考えていました。

 

 

 

そこで、私と同じ様な境遇の人はどうやって生きているのだろうか、病気の話を聞きたいのではなく、日々の生活をどう成り立たせて過ごしているのかを知りたくて、スマホで色々と検索していました。

 

 

 

そんな時に出会った1つのブログに引き込まれ、考え方が変わっていきました。

 

 

 

境遇は全く違うのですが、生き方や考えていること、発している言葉に心が響き素直に共感したのです。

 

 

 

そして、そもそも、なぜ生きているのかを考えさせられました。

 

 

 

私は、望む望まないという気持ちとは関係なく、今生きているわけです。

 

 

 

生きているというのは、会社に勤めて仕事をし収入を得るために生きているのでしょうか。

 

 

 

生きるためには、生命維持のために食べなければいけません。

 

 

 

食べ物を得るには、現代の人間社会ではお金が必要です。

 

 

そして、そのお金を得るために仕事をして、その仕事に対しての報酬として賃金をもらいます。

 

 

少しでも賃金を手にしたいと考えて、毎日くたくたになるまで働くことが頑張っている人で、偉いと敬うところがあります。

 

 

でも、生命維持のために生きているって、何かおかしいと思いませんか。

 

 

 

なぜ、生命維持しているのかを考えると、それは、楽しい時間を夢見たり大切な人と心の安らぎや喜びを共感したり、美しい景色に感動したりと、自分自身の心が躍るような充実感に包まれる時に、生きていると感じるのだ思うのです。

 

 

 

そんな充実感を持ちたいから、生きていくことを維持しているのだと思います。

 

 

 

会社に勤めて、気の合わない職場の人間関係に振り回されたり、本当に必要かどうかもわからない会社のしょうもないしきたりや、上司の顔色を伺いながらの行動をし繰り返す日々。知らず知らずのうちに自分の人格も歪んでいき、くたくたになるまで会社のために働く…。

 

 

 

そんなことのために生きているのではないはずです。

 

 

 

生きている実感を得るために、様々な時間があり、その中の1つに仕事があるのだと思います。

 

 

 

私は、そんな価値観をどこかに置き忘れていたのだと、その方の記事を読んで気づきました。

 

 

 

 

パソコン1台で、好きなときに好きな場所で、人の役に立つような情報を記事にして収入を得ている。

 

 

 

大切な家族を守っていくために、ひたすら仕事に明け暮れるスタイルではなく、側で子どもの成長を見て家族の存在を肌で感じながら自由に生きている。

 

 

 

初めのうちは半信半疑でしたけれど、気がつくと何日もその方の文章を読んでいて、その言葉が頭から離れることがありませんでした。

 

 

 

もしかしたら騙されているのかもしれないけれど、それでもやってみて結果がどうであれ自分で納得してみたいという気持ちになりました。

 

 

 

私は、2.、3時間立っていることすら困難で外では長時間働くことができないことを自覚していましたし、社会からも雇いづらい存在であることも痛感していましたから、この人のような働き方が本当に可能なのなら、挑戦してみたい。

 

 

 

そして、あきらめかけていた前向きな明るい気持ちで生きていこうとっという自分になれるかもしれない。

 

 

 

これが、私のブログアフィリエイトを始めるきっかけでした。

 

 

 

そして、辛かった出来事や、生きることに後ろ向きになってしまいがちだった自分をも受け入れて、一歩づつ進んでみようと思いました。

 

 

 

今、私は、“加藤さんが生きていることで、パワーをもらっているよ” と言ってくれた友人や、母、子ども達のためにも、自分らしいライフスタイルを探りながら笑顔で過ごせる日々を送りたいと思っています。

 

 

 

 

最後まで読んでくださり ありがとうございました。

 

加藤あやめ

 

 

 

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