加藤あやめのプロフィール




 

駆け抜けた30代 

 

 

 

 

私は、離婚して10年ほど経つ世間でいうアラフォーです。
そして、独身40才の失業中に子宮癌になりました。

 

 

 

 

私がブログでアフィリエイトを始めてみようと思ったのは、ある一つのブログに出会ったことがきっかけでした。

 

 

 

 

その時の私は、パソコンも持っていませんでしたし、スマホも電話とメールを使っているくらいで、時々電車の時刻表を友人が操作して入れてくれたアプリで見る程度。

 

 

 

 

ゲームもしたことがないですし、SNSの利用もしたことがないほどのインターネットド素人でした。
それでも、無謀かもしれないけれど挑戦してみたいという思いが日に日に膨らみました。

 

 

 

 

私が、ゼロからネットビジネスに挑戦してみようと思い、今こうしてブログを書いているなど、1年前の私には想像もつかないことでした。

 

 

 

 

そんな私が、このブログを作ってみようと思い今に至るまでのことをお話していきます。

 

 

 

 

 

子どもの頃の淡い夢

 

 

 

私は、人生ではじめてお付きあいした人と6,7年の時を経て結婚し主婦をしていました。

 

 

 

 

私の小さい頃からの夢は大好きな人と結婚して、かわいい子どもと愛する旦那さんとの穏やかな日常生活を送ることでした。

 

 

 

 

将来の夢は、私たち世代の女性の多くがよく抱くような幼稚園の先生やケーキ屋さん、お花屋さん、スチュワーデス(今でいうところの客室乗務員)などへの憧れよりも

 

 

 

“素敵な奥さん”

 

 

“優しいお母さん”

 

 

 

になりたかったのですね。

 

 

 

 

家族を守っていくために一生懸命にお仕事をする、頼りになる旦那さんがいて、
かわいい子ども達の成長を見守りながら、温かくて賑やかな笑い声の絶えない家庭。

 

 

 

 『いってらっしゃい。』 『おかえりなさい。』

 

と、家族をいつも見守っているみんなのお母さん。

 

 

 

旦那さんを玄関先まで見送りに出て、後ろ姿が見えなくなるまでその背中に愛しさを感じる奥さん。

 

 

 

無邪気な子どもの泣いたり笑ったりと、日々変化する表情に幸せを感じるお母さん。

 

 

 

旦那さんが仕事に行き、子ども達が幼稚園や学校に出かけたら、

 

お日さまの香りがする気持ちのいいお布団で寝られますようにと布団を干して、

 

いつでも洗いたての清潔な服を着させてあげられるようにと洗濯をして、

 

帰ったらほっと出来る家であるようにと片付けたり掃除したり、たまにはお花を生けてみたり…。

 

 

 

 

その大切な家族が帰ってきたら、
『おかえり。今日も暑かったね お疲れさま〜。』 と何気ない会話を交わし、温かいご飯をみんなで一緒に食べる。

 

 

 

 

お休みの日には家でみんなでのんびりしてたり、買い物に行ったり、お天気がよければ公園にお弁当持ってピクニックに行ったり・・・。

 

 

 

 

そんな幸せに憧れをもっていました。

 

 

 

 

ですが、現実は厳しく思うようにはいかないものですね。

 

 

 

 

好きになった人と結婚し、子どもも授かることもできて幸せな時間もありましたが、無念にも結婚生活は10数年で幕を下ろすこととなりました。

 

 

 

 

食べていくだけで精いっぱい

 

 

それからは、最低限自分が食べていくことが出来る分の収入を何とか確保しなければと
いくつかの仕事を転々としながら数年過ごしていました。

 

 

 

 

ある会社に勤めていたときは、少し特殊なサービス業でしたので、24時間いつ電話がなって出向かなければいけなくなるか、前もってわからない仕事でした。

 

 

 

 

そのため、その日の業務によっては朝早くから夜遅くまで、神経と身体をフルに使って走り回り、家には、ただ寝に帰るような毎日でした。

 

 

 

 

着替えもせず、気がついたらソファーに横たわったまま朝になっていることも日常茶飯事で、休み返上で出勤することも度々ありました。

 

 

 

 

当時、30代半ばという年齢で長年主婦をしていた私は、大した職歴もなく、一般的な会社に通用するようなスキルも何もありませんでした。

 

そのため、そこで正社員として雇ってもらえたことは、とても有りがたいと思っていました。

 

 

 

 

“会社のためにまじめに一生懸命働くのが、お給料を頂いている社員としての当然の姿で、文句や愚痴を言ったり、休む事は、社会人として失格だ。”

 

“会社の信用を傷つけることなくいい仕事をして評価をしてもらえるように頑張らなければいけない。”

 

と、その考え方が正しいとずっと思い込んで過ごしていました。

 

 

 

 

ですから、休日出勤も当たり前のように行きましたし、むしろ、休んでいいよ。と言われると自分は不要な人とされているのかなと、不安を感じるくらい、私は会社に生活リズムのすべてを支配されていたんですね。

 

 

 

 

そのことに、何の疑問も感じることなく、それが社会人ならば当たり前で正しいのだと。

 

 

 

 

休日は、翌日からの仕事に備えるために、遊びに出ることも殆どなく、身体を休めるためにも寝る時間が一番優先でした。

 

 

 

 

たまには映画館に映画を見に行き、ショッピングに行きたいなと思うこともありましたが、それよりも、休みの日は静かにゆっくり過ごしたい気持ちの方が勝ちました。

 

 

 

 

当然ながら、プライベートでの人付き合いは殆どなく、数少ない友人とも疎遠になりました。

 

 

 

 

正直なところ、もう、プライベートで人と会って話すのも、出かけるのも面倒でした。

 

 

 

 

人と会うことや、出かけることに、楽しさよりも疲れると感じていました。

 

 

 

 

それだけ、私の心にゆとりが無かったのだと思います。

 

 

 

  (気心知れた、心がほっとするような有意義のある時間を過ごせる友人は、ほんとに少ないです。

 

  今は、そのような希少な人とは何年会っていなくても、笑顔で再会出来るのだと思います。

 

  また、歳を重ね新たに出会えた人は、価値観は違っていても何か通じるものや共感するものに
  心が響くとずっと友でいられるようにも感じています。)

 

 

 

 

でも、あるときもう無理だ!と、それまで張りつめてきた糸が切れてしまいました。

 

 

 

 

年末大晦日に会社でとても具合が悪くなり、明らかに熱がどんどん上がっていってることが自分で分かりました。

 

 

 

 

仕事を、ちゃんと出来るとは自分でも思えないくらい身体がしんどくなったので上司に伝えるも理解されなくて、何とか終えての帰り道、もうろうとしながら車を走らせ、夜間診療のある病院に立ち寄り診てもらいました。

 

 

 

 

40度近い熱で、インフルエンザにかかっていました。

 

大人になって初めてかかったインフルエンザは本当に辛く、5日間起きられませんでした。

 

 

 

 

インフルエンザは学校や会社は休まなければいけないと定められている感染症ですので、診断書をもらい熱が治まってから後日出勤すると、会社の空気が変わっていました。

 

 

 

 

まるでインフルエンザで高熱が出ていても、休んではいけなかったかのような疎外感。

 

 

 

 

欠勤扱いで、賃金はカットされていました。

 

 

 

 

元々、有給もなければ、盆も正月も関係ない職種の小さな会社でしたが、私はこの会社の仕事は好きだったので頑張れてきていたと思います。

 

 

 

 

けれども、この件があってから徐々に考えるようになりました。

 

 

 

『このままでは、身体も心も壊れてしまう。今は何とか出来ているけど、この生活をずっと続けることは出来ない。』

 

 

 

  (辞めよう)

 

 

 

何のあてもなければ計画もありませんでしたが、とにかく生活を変えようと退職しました。

 

 

 

 

生活するためにはお金が必要だけれど、もう少し時間の拘束から解放される仕事に変わろうとパートの事務員になりました。

 

 

 

 

9時〜17時という勤務時間になっただけでも、前よりは働きやすい環境だと思い、ありがたいと思っていました。

 

 

 

 

収入はグッと少ないですが、夕方の6時、7時の時間帯には家に帰られますし、まだ、スーパーの営業時間内に仕事から解放されている訳ですから、帰り道に食材の買い物も出来るんです。

 

 

 

 

24時間営業のスーパーも増えていますが、私の生活圏内にあるスーパーは、夜7時8時で閉まってしまうので、以前の仕事の時は帰りに寄って買い物をするっていうことがほとんど出来なかったんですね。

 

 

 

 

そして、まだ陽の明るい時間内に帰ることが出来るのはとても新鮮に感じられ、気持ちがホットできたのです。

 

 

 

 

ですが、将来に対する漠然とした不安はずっと頭の片隅にありました。

 

 

 

 

時給800円ほどのお給料なわけですから、貯金も出来ない。

 

 

 

 

今、食べることだけで精一杯。

 

 

 

 

 

私は、離婚して一人なわけで、何か不測の事態に見舞われたときに支えになってくれるパートナーはいませんし、何とか生きていける術を身につけなくてはいけない。

 

 

 

 

でも、この時の会社はパート勤務ではあるけれども、おそらく誰もが知っている名の知れた大きな会社だったので、パート従業員でも福利厚生が充実していました。

 

 

 

 

 

『頑張って定年まで働けば、将来、僅かでしかないけれども年金が受け取れるのだろうし、この年で辞めてしまったら、もう、再就職出来る仕事は見つからないかもしれない・・・。』

 

そう思うように過ごしていました。

 

 

 

 

不思議なことに、会社の嫌な人間関係も、意地悪な人といることも我慢をし続けたら、だんだんと感情が鈍くなり、ロボットになったような感覚というのでしょうか。

 

 

 

 

もくもくと自分に与えられた作業に没頭して、やり過ごしていました。

 

 

 

 

“決められた業務を淡々とこなしさえすれば、とりあえず今は食べていける。”

 

 

 

 

“でも、このままでは一生働いても収入が上がることはないし、死ぬまで節約生活をしていくことになる。”

 

 

 

 

“何の楽しみもなく、このまま何となくの貧乏生活をベルトコンベアに流されているかのように地味に生きていくのだろうか。”

 

 

 

 

悩みながらも、たとえ僅かなお給料でも辞めてしまっては明日からの生活が成り立たなくなります。
そんな恐怖からも抜けられず毎日仕事に行っていました。

 

 

 

  “変わらなければ。”

 

 

  “変わりたい。”

 

 

  “でも、変わることが怖い。”

 

 

 

 

もう、40歳は目の前まで迫っていました。

 

 

 

 

考えた末、新しいことを模索してみようと思いパートの仕事を辞めました。

 

 

 

 (その頃は、インターネット関係の仕事は一部の頭のいいエリートだけが出来る
 特殊なものだと思っていました。
 当然ながら、アフィリエイトという言葉も知りませんでした)

 

 

 

 

 貧乏学生

 

 

貯金は数万円しかありませんでしたし、しばらくは失業保険でつないでいこうと思ったのですが、受け取れるのは3ヶ月後です。

 

 

 

 

それまでの間の生活費もままならず、わずかに持っていた貴金属など売れるものをお金に換えて食いつないでいました。

 

 

 

 

惨めで孤独でした。

 

 

 

 

でも、時間の拘束や無機質な人間関係から解放されてほっとしている気持ちもあり、ゆっくりと考える時間がありました。

 

 

 

 

その失業期間中に考えたのが、

 

『何か資格をとれば正社員として安定した仕事に就けるかもしれない。』
ということでした。

 

 

 

 

資格があれば就職先の選択肢も広がり、収入も少しは増えるのではないかと考えたのですね。

 

 

 

 

ちょうど運良く2月頃だったので、4月の入学のタイミングにも合い、一生ものの国家資格を取得するために、専門の学校に行くことにしました。

 

 

 

 

資格取得のための学校に通うというのは、本来、その職業に就きたいからこそ、その勉強をして学び資格を取ろうと考えるものだと思います。

 

 

 

 

けれども、入学してみると、当時の私と同じような考えで、

 

 

“資格があれば就職がしやすくなり、実際に資格手当などの待遇もあるため、とりあえず資格を取るぞ。”という考えで入学されている同世代の人達もいていました。

 

 

 

 

そして、学校に通うことを選んだ私の目的はもう一つありました。

 

 

 

 

2年間の学生生活を通して、様々な年代の他の学生と交わり一緒に学びながら、素直な笑顔で人と話したり、笑い合ったりする人間としての “血の通った感情を取り戻す”ことです。

 

 

 

 

高齢者や障がいのある方に対する資格の勉強でしたので、福祉的な分野の授業も沢山あり、人の思いや心の豊かさを、色んな角度から考えてみる機会や、それまでになかった時間のゆとりを感じられるとても貴重な学生生活でした。

 

 

 

 

そんな学生生活最後の卒業試験を目前にしたクリスマスに、一本の電話がなりました。

 

 

 

 

  私の状況はごろっと変わったのでした。

 

 

 

 

 

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